関ヶ原にて仕事はじめ。
古戦場を歩きながら今年のプランを立てよう、とふと思い立って
天下分け目でおなじみの関ヶ原へいった。
雪が残る寒い中、3時間ほど歩くと、関ヶ原の戦いの全貌が立体的に
把握できて、めっちゃくちゃ楽しい時間だった。
人もほとんどいなかった。たまに、歴史マニアっぽい親子が何組かいた。
武将の名前とか詳しすぎて怖かった。
関ヶ原は、合戦向きだ。
高すぎず低すぎない山に囲まれて、真ん中はちゃんと平原。
布陣をみるかぎり、石田三成ら西軍の配置は完璧だ。
戦術レベルでは、最高。さすがは官僚タイプの秀才。
関ヶ原の平地を取り囲む山々のふもとに配置し、東軍は来た時点でもはや
包囲されてしまう、という完璧な状態。
一方、家康は、飛んで火にいる夏の虫。
中山道をのこのこやってきて、ふつうに考えれば、取り囲まれることは必至。
でも、家康が勝利した。
なぜか。
戦う前に、勝っていた。
すなわち戦術でなく、戦略、さらにいえば政治で勝利してたのだ。
西軍の総大将、毛利輝元は最後まで布陣した山から下りることもなく、何しにきたんや。。
西軍の大勢力、小早川はうらぎって、味方の背後を攻める始末。
年齢的にいうと、家康は、59歳。三成は40歳くらい。
福島、加藤ら40歳くらいの年齢が主で、小早川は20歳前後だったか。
家康は一人だけ年配。
考えても見てほしい。
今の時代でいうと、
業界の今後を決める会議において、
一人だけ、創業者世代の社長(しかも、一代で東証一部上場しました、
業界シェア2位です、(ちなみに故秀吉が1位)
みたいなやつが、出席しているみたいなもんなのだ。
遅刻してこようと、末席にいようと、無視できるもんではない。
40歳くらいのサラリーマンあがりが、完璧に段取り決めて、ぴーちくぱーちく正論をいっても、
家康としては、聴く気にならないだろう。
ましては20歳の、二代目ボンボン社長みたいなやつ(小早川)なら、「わしに逆らうのか、こら。」
といわれたら震え上がるのも当然。
しかも、事前に個別に根回し済みとなったら、もう家康の勝利はまちがいなし。。。
(準備に時間かけるのは、今年の個人的課題かな。。)
ほんと、This is Japan、これぞ日本。
けっきょく、天下分け目といえど、壮大な内輪もめにすぎないという。。。
必然的に、政治の占める役割がものすごく大きくなる。
ローマVSカルタゴみたいな異民族同士の興亡をかけた戦いはついぞこの国になかった。
(日中、日露、太平洋戦争くらいか)
ここは日本だ。シリコンバレーじゃないんだ、でも、日本でもがんばればソニーやホンダや任天堂になれる。
、、と、ま、なによりも、家康はすごいとおもった。
だって、59歳になって、相当の大物であるにもかかわらず、決戦においては、
関ヶ原のような寒くてなんにもないところで、若造とスクラッチに戦っているのだ。
ああつらい、つらすぎるだろう。。
家康が最終的に勝ったのは、健康に気を使って長生きしたことが最高の秘訣だったとおもう。
あと、周りとの距離感。空気読む達人っていうか。

激戦地の跡

石田光成陣地から、家康陣地をみてみた

家康の最初陣地(桃配山)

家康の最終陣地

最後に、司馬遼太郎の本は、課長島耕作シリーズとならぶ、日本のサラリーマン小説だとおもうけど、
その影響力が良くも悪くも強すぎて、本当の歴史ってどうなんだろうとおもうことがある。
そういう時は学者っぽい人の本を読むんだけど、ま、味気なかったりして、やっぱりサラリーマン小説でいいか、と思うという繰り返し。
ま、本当の歴史なんてものは、そもそもないきがするけどな。。
日本でビジネスマンやるんだったら、司馬遼太郎は必読です。(なんだかんだいって、私も大好き)
