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岩盤浴3時間がもたらす朦朧から学んだもの。

金曜日ひるまに、昼寝をするためにラクーアにいった。
ヒーリングバーデ内、ゲルマニウム岩盤浴で
ipodで音楽を聴きながらいつのまにかねていた。

そして、3時間後。。。

むむ、目がくらむ。頭に酸素がいっていないかんじがする。
前に、岩盤浴で寝たら大変なことになる、ということをきいたことがある。
もうおそい、ねてもうた。。。

それ以降、頭がまったくはたらかなくて、
社内総会で話をしようとするも、思考がすぐにとぎれる。
なにみても深く考える気力がない。

その後、スタッフと麻雀にいくも、はじまったときから朦朧としていて、
なにやっているのだかわからない状態。
(たのしい麻雀でも、頭が朦朧としっときにやると面白くないんだなという発見があった。)

途中で切り上げて、今日はなんと15時間くらいねたけど
まだちょっとぼおっとしている。
頭の中には、澄んだ韻律が流れている。

肌はすべすべ、しかも、体から毒素(そんなのほんとにあるのかな)が抜けた感覚がする。

これって、ひょっとして最高の休息なんじゃないかなとふとおもった。

私をはじめ、現代人は、南の国の酋長 パパラギがいうとおり、
考える病、におちいっている。
(ちなみに、パパラギをはじめてよんだのは中学1年生のとき。学校だよりみたいなものにのってた。
そのときよんでも、ユンケルのんでマッサージにかよう中学生みたいなもんだったな、、。
大人になって疲れたときに読む本だったな。。。)

パパラギ―はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集
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永遠に拡大成長することを前提とした資本主義という、ある種の欠陥システムに住まう限りは、
新しい概念を生み、物を加工し、制度を作り出すこと、これは不可避。

ましてや、このモノにおおいつくされた先進国日本においては、モノを加工するより、抽象的思考の産物であるデザインや仕組みをうみだすほうが貢献が大きくなりつつある。
(ドラッカーのいう、知識社会ってやつですな。)

わたしなぞも、目の前に対象があると、考えたり感じたりしようとしてしまう。
そのことを強制的に遮断してくれる機会がたまにあると、これは最高の贅沢であり、最高のリフレッシュではないかと思うにいたった。

ほんとうに強制的に遮断されてしまうと、それは奴隷になってしまう。
自分の意志に基づき、コントロール可能な範囲で強制的に思考を遮断する、

これがひょっとしたら禅とか瞑想ってやつなのかもな。

いままで生きいそごうとするあまり、瞑想する時間を意識的にとったことはなかったけど、
今後は意図的に瞑想を取り入れていこうと思ったのが、今回の学び、でした。

ちなみに岩盤浴で寝るのは危険なので、
今後はやり方を工夫して、危険でない瞑想方法を編み出そうと思いました。

(瞑想することですら、考えることや工夫することを余儀なくされるって、、、w。)

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