31にして見えないものを見、それをみえるように何かをつくる悦びに生きる悦びを知る。
小学校のとき、塾に行っていたのだけど、
ほんと勉強が苦痛でしようがなかった。
自発的な目的がなく、工夫する喜びがなかったから。
机にじっと座る時点でものすごくつらかったし、
計算や漢字を書き取りするのが苦痛で仕方なかったし、
間違い直しするまでかえれないのもつらかったし
宿題もほんとつらかった。
いかに楽するか、いかに塾にいかなくてすむようにするか、
それしか考えていなかった。
「今日は生徒会ソフトボール大会あるねん。だから、塾途中からしかいかれへんわ。
塾にいうといて。」
と親や塾に言い訳するためだけに、
学級委員になってソフトボール大会企画したり、
さほど興味もない生徒会やったり、(そういえば、生徒会長にまでなった。。)
釣堀大会企画してやったり、
ボランティア募金活動したり、
とにかく(親に塾をいかなくていい口実となるような)課外活動を
思いつくかぎりすべてやった。
いいこと悪いこと含めて、(学校がえりにわざと近所の小学校と
ケンカを起こすっていうのも含めて。。わーい、反省文かくために塾いかなくていいぞ、
っていう、ねw)塾にいく時間を極小化するために頭をつかっていた。
記憶力は当時からよかったから、そんな態度であっても成績はよかった。
いい成績をとって、ほめられて悪い気のする子供はいないだろう。親が喜ぶのもうれしい。
でも、それも限度があるわけで、苦痛にたえてまで得たい報償とは
当時の私にはとても思えなかった。
なりたいものもない人間、目標もない人間は、報償をえるための
苦痛に耐えることはできない。
さまざまな工夫でつまらない勉強の時間を極小化していたが
それでも逃げ切れなくなった受験間近の6年生の後半には、
ほんと荒れて、精神を病む寸前でした。今思えば。
その反動で中学高校はほぼまったく勉強しなかった。
高校生のときは、フリーパスでほぼ上がれる灘高校において、学年で数人しか
いない進級テストを受けるはめになった。あわや留年する危機だった。
10時くらいに喫茶店について、ゴルゴ13を読むか、
本屋さんにいくか、UNOに興じるか
学校の出欠管理がいいかげんなのをいいことに、学校はほぼ昼からいっていた。
女の子に母親のふりをして電話してもらって、サボって京都でデートしてた。
ただし、日本史とか歴史の授業でのこぼれ話とか、アインシュタインロマンについてみた次の日に
放課後物理のわかるかしこいやつにそれを解説してもらったり、疑問に答えてもらう、
あるいは職員室に質問に行く、そういうのはすごくしていた。
物事の理由を考えるのは、たのしくてしかたなかった。
なぜ、
浜口雄幸&井上準之助が金解禁したら日本経済がおかしくなったのか
なぜチンギスハンは世界制覇できたのか
光速普遍ってなんなの
競馬のオッズはどうやってできているの
パチンコってやってもうかるの?
そういうことを考えるのは楽しくてしょうがなかった。
また当時やってたラグビーにおいて、高校ラグビー必勝法を
考えているのは楽しかった。
そんなにスーパーに運動ができるほうではないと自覚していたが
頭を使ってラグビーしていたので、それなりに活躍できたし
非力な進学校が県で3位になることに貢献できた。
(独創的なディフェンスシステムや、サインプレーをいっぱい編み出した。
強豪校の監督をして、「IDラグビー」といっていた。そもそも、IDっていう言葉からして、
知性がないよな。。)
強豪校との合同練習の場合、強豪の監督のアホさをよく知った。
「おい、ナダ!ディフェンスラインの上がりは早くないとダメ!いまのはたまたまとめられたけど、
それじゃアカン!」
(こいつほんとにアホやなー、相手によっては早く出ないほうがいい場合もあるんだよ、
(もうすこし詳しく解説すると、
バックスのフロントスリーの体格が、自チームより劣位にあり、
パスやサインプレーがうまいチーム。そういう場合は早くあがってしまうより、
相手がサインプレーを全部だしつくしたあとに、ボール持ったプレイヤーに複数人でタックルして
ボールを殺したほうがよい。へたにはやくあがってしまうと、こちらもスピードにのってしまっているため、あいてのムーブにつられて、さくっと抜かれて大きなゲインを許すかもしれない。そのリスクはとるべきでない。たとえタックル時点でゲインライン突破しても、多人数でタックルすることできちんとボール殺せる確率あがるので、むしろカウンターのチャンスになる。高校ラグビーにおいては、攻めているときにボールとられたシチュエーションでの対策を練習しているチームなどあまりないので、あっさりカウンターの機会がおとずれる。わるくても自軍ボールからの攻撃になる。)
逆に個人技のあるワンマンプレイヤーがいる相手バックスには早くつめる(個人技で抜くタイプの場合は、スペースを与えてしまうと何人でいこうがつかまらないリスクがでてくる、つまりできるだけスピードよくつめて、スペースをあたえないほうがよい。
あるいは、相手フロントスリーに体格がある場合は、スピードであたりの威力を確保してまけないようにする必要があるため、抜かれるリスクをとってでも、つめる必要がある。それはでもあまりのぞましくない。よって、腕力や体格はあるほうが得だという結論になる。)
強豪校の監督といえど、ちゃんと頭使って指導しているわけじゃなくて、
(そのくせ、そういう人が全国の強化委員とかしているんだから、わらってしまう。。)
自分の単なる経験から、惰性で教えているに過ぎないとおもっていた。
たとえば、ほんとうの強豪である、大阪の啓光みたいな学校は、
ラグビーをものすごい考え抜いてやっているんだろうなあと思う。
それは試合を見ていればわかる。
そういう考えることを求める指導者に出会えた選手は幸福だ。そのせいで、
考える喜びをしらずにのびなやむ選手も多いのだろうな。
高校の定期試験は、ほんと無駄の極みとしかおもえなかった。
ナダは、まだましなほうだったが、定期試験の成績で進路指導するアホな高校も
存在すると聞く。その罪は重い。
一夜漬けで覚えたりするのはほんと時間の無駄としかおもえない。
試験が終わったらわすれることを、前の晩に徹夜して覚えることになんの意味があるのだろう。
というわけで、試験前もしっかり寝ていた。
(締め切り守る意識をたかめるっていう副次効果はあったのだとおもう。このつけはいまにきているようなw、、、。)
受験勉強は割合おもしろかった。
覚える作業そのものは苦痛だけど、
いかに最小限の時間コストで最大限をあげるかっていうことを
考える喜びがある。
しかも、自分でスケジュールをつくることができる。
大学いいとことおると、評価される。
自分でスケジュールしたプランで、結果がわかりやすく出るっていうのは
なかなか悪くないゲームである。
英語なんかはおもしろかった。
受験生時代、東大の教養の教科書をかって読んでいた。
日本語で読んでも面白いような内容が、英語でかかれていた。
英語って、受験科目じゃなくて世界を知るツールなんだとおもった。
だから、英語の成績はよくなった。
歴史はものすごく好きだった。新書のたぐいばかりよんでいた。
そして、歴史の論述問題がたのしくてしょうがなかった。
東大の世界史には、必ずこういう問題が出る
「鉄道が帝国主義にもたらした影響について、600字で述べよ。」
一人の学者が一生かけてやるようなテーマに、たった600字で答えがあたえらるんですよ。
なんてインスタントなんだ。。。。
これって、すごいことだと思いませんか?
そのてのたぐい問題に対する答えを読むのがたのしくてしょうがなかった。
インスタント食品のように、世界史の因果がわかったつもりになれる。(つもり、というところがポイント)
しかも、インスタントであることもなんとなくわかるので、さらに関連した書物も読みたくなる。。
より深く知りたくなる。
、、、、というわけで、
いま31歳になって、本当に、学ぶのが楽しくてしようがないふうになっている。
新しい知識が増えると、新しい世界が広がる。
いままで考えたこともない角度から、ものごとをみることができるようになる。
日本の学校制度ってなんだったんだろう。
たぶん、受験制度のせいで、なまじ記憶力がよくて挫折しなかったせいで、
人生のスタートを10年は遅くした。
当然、得たものもあって、ナダや東京大学でめぐり合えた、
すばらしい友人たち、それと、学歴がもたらす麗しき誤解
(それは最近あやしいけどw)これは本当によかった。
受験とか学校のお勉強っていうのの意味をメタな視点からみれるようになったのもよかった。
しかし、考える喜びを知っている人間にとって、受験勉強は無駄以外のなにものでもない。
株価対策のために、決算の数字を作るのと同じくらい、無駄な行為だ。
(そういうのが、浮世に身をやつすってことかもしれなけど、、、。)
私がしる、天才たち、たとえば
天才 清水亮や、天才 中嶋謙互。
一生をかけて打ち込める好きなものに早く出会い、スタートしている。
彼らは好きなことに打ち込むことを通して、普通に生きていたら見えないものが、
明確に見えてしまうのだとおもう。
そして、その見えてしまったものを見えるものにするために、いまきっと働いているのだろう。
私は、彼らが20歳で見ていた風景をたぶん今になってやっと見ているのだと思う。
非常に心地よい。
こんな心地よい気分で10年もおおく生きている彼らはすばらしい。
私もすばらしい人生を歩みだそう。