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2007年05月28日

31にして見えないものを見、それをみえるように何かをつくる悦びに生きる悦びを知る。

小学校のとき、塾に行っていたのだけど、
ほんと勉強が苦痛でしようがなかった。

自発的な目的がなく、工夫する喜びがなかったから。

机にじっと座る時点でものすごくつらかったし、
計算や漢字を書き取りするのが苦痛で仕方なかったし、
間違い直しするまでかえれないのもつらかったし
宿題もほんとつらかった。

いかに楽するか、いかに塾にいかなくてすむようにするか、
それしか考えていなかった。

「今日は生徒会ソフトボール大会あるねん。だから、塾途中からしかいかれへんわ。
塾にいうといて。」
と親や塾に言い訳するためだけに、

学級委員になってソフトボール大会企画したり、
さほど興味もない生徒会やったり、(そういえば、生徒会長にまでなった。。)
釣堀大会企画してやったり、
ボランティア募金活動したり、
とにかく(親に塾をいかなくていい口実となるような)課外活動を
思いつくかぎりすべてやった。
いいこと悪いこと含めて、(学校がえりにわざと近所の小学校と
ケンカを起こすっていうのも含めて。。わーい、反省文かくために塾いかなくていいぞ、
っていう、ねw)塾にいく時間を極小化するために頭をつかっていた。

記憶力は当時からよかったから、そんな態度であっても成績はよかった。
いい成績をとって、ほめられて悪い気のする子供はいないだろう。親が喜ぶのもうれしい。
でも、それも限度があるわけで、苦痛にたえてまで得たい報償とは
当時の私にはとても思えなかった。

なりたいものもない人間、目標もない人間は、報償をえるための
苦痛に耐えることはできない。

さまざまな工夫でつまらない勉強の時間を極小化していたが
それでも逃げ切れなくなった受験間近の6年生の後半には、
ほんと荒れて、精神を病む寸前でした。今思えば。

その反動で中学高校はほぼまったく勉強しなかった。
高校生のときは、フリーパスでほぼ上がれる灘高校において、学年で数人しか
いない進級テストを受けるはめになった。あわや留年する危機だった。

10時くらいに喫茶店について、ゴルゴ13を読むか、
本屋さんにいくか、UNOに興じるか
学校の出欠管理がいいかげんなのをいいことに、学校はほぼ昼からいっていた。
女の子に母親のふりをして電話してもらって、サボって京都でデートしてた。

ただし、日本史とか歴史の授業でのこぼれ話とか、アインシュタインロマンについてみた次の日に
放課後物理のわかるかしこいやつにそれを解説してもらったり、疑問に答えてもらう、
あるいは職員室に質問に行く、そういうのはすごくしていた。
物事の理由を考えるのは、たのしくてしかたなかった。

なぜ、
浜口雄幸&井上準之助が金解禁したら日本経済がおかしくなったのか
なぜチンギスハンは世界制覇できたのか
光速普遍ってなんなの
競馬のオッズはどうやってできているの
パチンコってやってもうかるの?
そういうことを考えるのは楽しくてしょうがなかった。

また当時やってたラグビーにおいて、高校ラグビー必勝法を
考えているのは楽しかった。
そんなにスーパーに運動ができるほうではないと自覚していたが
頭を使ってラグビーしていたので、それなりに活躍できたし
非力な進学校が県で3位になることに貢献できた。
(独創的なディフェンスシステムや、サインプレーをいっぱい編み出した。
強豪校の監督をして、「IDラグビー」といっていた。そもそも、IDっていう言葉からして、
知性がないよな。。)

強豪校との合同練習の場合、強豪の監督のアホさをよく知った。
「おい、ナダ!ディフェンスラインの上がりは早くないとダメ!いまのはたまたまとめられたけど、
それじゃアカン!」

(こいつほんとにアホやなー、相手によっては早く出ないほうがいい場合もあるんだよ、
(もうすこし詳しく解説すると、
バックスのフロントスリーの体格が、自チームより劣位にあり、
パスやサインプレーがうまいチーム。そういう場合は早くあがってしまうより、
相手がサインプレーを全部だしつくしたあとに、ボール持ったプレイヤーに複数人でタックルして
ボールを殺したほうがよい。へたにはやくあがってしまうと、こちらもスピードにのってしまっているため、あいてのムーブにつられて、さくっと抜かれて大きなゲインを許すかもしれない。そのリスクはとるべきでない。たとえタックル時点でゲインライン突破しても、多人数でタックルすることできちんとボール殺せる確率あがるので、むしろカウンターのチャンスになる。高校ラグビーにおいては、攻めているときにボールとられたシチュエーションでの対策を練習しているチームなどあまりないので、あっさりカウンターの機会がおとずれる。わるくても自軍ボールからの攻撃になる。)

逆に個人技のあるワンマンプレイヤーがいる相手バックスには早くつめる(個人技で抜くタイプの場合は、スペースを与えてしまうと何人でいこうがつかまらないリスクがでてくる、つまりできるだけスピードよくつめて、スペースをあたえないほうがよい。

あるいは、相手フロントスリーに体格がある場合は、スピードであたりの威力を確保してまけないようにする必要があるため、抜かれるリスクをとってでも、つめる必要がある。それはでもあまりのぞましくない。よって、腕力や体格はあるほうが得だという結論になる。)

強豪校の監督といえど、ちゃんと頭使って指導しているわけじゃなくて、
(そのくせ、そういう人が全国の強化委員とかしているんだから、わらってしまう。。)
自分の単なる経験から、惰性で教えているに過ぎないとおもっていた。

たとえば、ほんとうの強豪である、大阪の啓光みたいな学校は、
ラグビーをものすごい考え抜いてやっているんだろうなあと思う。
それは試合を見ていればわかる。
そういう考えることを求める指導者に出会えた選手は幸福だ。そのせいで、
考える喜びをしらずにのびなやむ選手も多いのだろうな。

高校の定期試験は、ほんと無駄の極みとしかおもえなかった。
ナダは、まだましなほうだったが、定期試験の成績で進路指導するアホな高校も
存在すると聞く。その罪は重い。

一夜漬けで覚えたりするのはほんと時間の無駄としかおもえない。
試験が終わったらわすれることを、前の晩に徹夜して覚えることになんの意味があるのだろう。
というわけで、試験前もしっかり寝ていた。
(締め切り守る意識をたかめるっていう副次効果はあったのだとおもう。このつけはいまにきているようなw、、、。)

受験勉強は割合おもしろかった。
覚える作業そのものは苦痛だけど、
いかに最小限の時間コストで最大限をあげるかっていうことを
考える喜びがある。
しかも、自分でスケジュールをつくることができる。
大学いいとことおると、評価される。
自分でスケジュールしたプランで、結果がわかりやすく出るっていうのは
なかなか悪くないゲームである。

英語なんかはおもしろかった。
受験生時代、東大の教養の教科書をかって読んでいた。
日本語で読んでも面白いような内容が、英語でかかれていた。
英語って、受験科目じゃなくて世界を知るツールなんだとおもった。
だから、英語の成績はよくなった。

歴史はものすごく好きだった。新書のたぐいばかりよんでいた。
そして、歴史の論述問題がたのしくてしょうがなかった。

東大の世界史には、必ずこういう問題が出る

「鉄道が帝国主義にもたらした影響について、600字で述べよ。」

一人の学者が一生かけてやるようなテーマに、たった600字で答えがあたえらるんですよ。
なんてインスタントなんだ。。。。
これって、すごいことだと思いませんか?

そのてのたぐい問題に対する答えを読むのがたのしくてしょうがなかった。
インスタント食品のように、世界史の因果がわかったつもりになれる。(つもり、というところがポイント)
しかも、インスタントであることもなんとなくわかるので、さらに関連した書物も読みたくなる。。
より深く知りたくなる。

、、、、というわけで、
いま31歳になって、本当に、学ぶのが楽しくてしようがないふうになっている。
新しい知識が増えると、新しい世界が広がる。
いままで考えたこともない角度から、ものごとをみることができるようになる。

日本の学校制度ってなんだったんだろう。
たぶん、受験制度のせいで、なまじ記憶力がよくて挫折しなかったせいで、
人生のスタートを10年は遅くした。

当然、得たものもあって、ナダや東京大学でめぐり合えた、
すばらしい友人たち、それと、学歴がもたらす麗しき誤解
(それは最近あやしいけどw)これは本当によかった。
受験とか学校のお勉強っていうのの意味をメタな視点からみれるようになったのもよかった。

しかし、考える喜びを知っている人間にとって、受験勉強は無駄以外のなにものでもない。
株価対策のために、決算の数字を作るのと同じくらい、無駄な行為だ。
(そういうのが、浮世に身をやつすってことかもしれなけど、、、。)

私がしる、天才たち、たとえば
天才 清水亮や、天才 中嶋謙互
一生をかけて打ち込める好きなものに早く出会い、スタートしている。

彼らは好きなことに打ち込むことを通して、普通に生きていたら見えないものが、
明確に見えてしまうのだとおもう。
そして、その見えてしまったものを見えるものにするために、いまきっと働いているのだろう。

私は、彼らが20歳で見ていた風景をたぶん今になってやっと見ているのだと思う。
非常に心地よい。

こんな心地よい気分で10年もおおく生きている彼らはすばらしい。
私もすばらしい人生を歩みだそう。


2007年05月22日

トロイをみた。

先日、DVD借りてきてトロイをみた。

トロイ

「女神から生まれたから、不死身だって本当?」
「だったら、盾などいるか」

ブラッド ピットがひたすらかっこいい。
体がひたすらガチムチに鍛え抜かれてた。
適役ヘクターもかっこいい。(顔は、テレビにたまにでてくるコンサルタント、波頭亮に
みえるんだけど。)

これは波頭亮
b12.jpg

義経と頼朝ってかんじの、アキレスとアガメムノンの関係に、
レヴィ=ストロース的な、交叉いとこ婚みたいな愛と恩讐が絡み、
ストーリーも楽しめた。

ハリウッド映画なので、
私が不思議に思うアメリカ人の矛盾にみちたメンタリティ(「家族が大切」と主張するわりには、
ばんばん離婚する」とか、環境破壊反対とか環境保護とか声高に唱えるわりには、おもいっきり
環境に悪いライフスタイル前回だったり)全快
現代アメリカのガチムチな価値観でストーリーが描かれていて、
それもふくめて面白かった。

こういった大作映画は、大作映画なりのよさがあって、これをつくれるハリウッドというところに素直に敬意を表したい。(大作映画の大作映画ぶりが、嫌いな人がいるのもよくわかる。)

それにしても、オーランド・ブルーム演じるパリスはほんとかっこわるい。
それも含めて、アメリカ映画って感じでよかったけど。。

ちなみに、敬愛する塩野七生さんが
「文化的破壊という蛮行について」なるテーマで、トロイを批判しているそうな。

この文章よんでないから、なんともいえないけど、

そもそもローマ人の物語からしてもそうだし、(ものすごく好きだけど)
司馬遼太郎さんの歴史小説にしても、
現代人の視点というか、現代人の問題意識を投影している時点で、
もはやひとつの主観から免れないわけである。
(だから、自分の状況に重ねあわせることができておもしろいんだけど。)

蒼天航路の董卓のいうとおり、
「天に確たる意思などなく地に確たる歴史などない。」のだとおもう。

蒼天航路 (1)

というわけで、アキレスみたいな戦士になりたいとおもった、日曜日の午後でした。

2007年05月19日

井深大は、いいね。

テレビ欄みてたら、ソニーの創業者である井深大がNHKアーカイブで10分でていると発見。
みてみた。

私は、ちょっと前までのソニー、任天堂、アップル、この3つの会社がものすごく好きで、
そのプロダクトたちを尊敬しています。(とくに任天堂は別格に好きです。)

ソニーは、盛田昭夫のほうが関心があって、井深大について、話しているのを動画でみたのは
初めてだった。

めちゃくちゃいいこというやん、この人ってかんじで、すっかり好きになっちゃいました。
いっていることは、アップルのジョブズとか、googleのセルゲイ・ブリンやラリー・ペイジらのいっていることとほんと同じで、(時系列でいうと、井深大がいっていることを彼らが繰り返しているにすぎないってことかw。)

洋の東西をとわず、おもしろいプロダクトやサービスを作り出すときって、同じなんだと思った。

そして、プロダクトが成功して、プロジェクトやプロダクトより会社が好きな人がふえちゃうと、
低成長になって、会社より、自分の見栄えや社会的評価が好きな人がふえちゃうと、
衰退するっていう、シンプルな法則。。。

印象に残った言葉。

「とにかく、仕事が好きな人ばっかりあつめたんです。」
「アメリカ人の友人に、ウエスタンエレクトロニックがライセンス開放するけど、
興味あるときかれてもトランジスタのことは、よくしらなかった。
当時、ソニーはテープレコーダーをつくるために、難しいことさせるために、
全社員120人のうち、3分の1が大学卒や専門家をとってしまってた。
彼らを課長や部長って役職に就けるってたいへんだなあと考えてまして、
トランジスタって、きっと難しい技術だろうから、役職なしでもやってくれるかなあって、
おもいつきましてね、、、、、」

「見本のない産業をこさえた。これはえばっていいんじゃないかと
思っています。」

「スクリーンの小さいTVは商品にならないと、調査会社はいった。
でも、ショールームに展示したらあっというまに3000台完売しちゃったんですね。
普通のマーケットサベイが新しいものに関しては意味をなさないって、知りました。」

「あたらしいものをつくって利益をだして、それをつぎの新しいものつくるために
つぎこんだ。そのために、目先の利益を犠牲にしてきったってのがながれですね。」

「このモノこさえよう、って目的きめて、よし、これつくりたいと。
人間がやる気になって、面白いな、命をかけようってことでないと、
できない。目標決めて、それに必要な技術や部品をつくんなきゃいけない。
必要度が応じて技術開発や研究がおこるってのが、私の基本的な考え方なんです。」

ほんと、そのとおり!、っておもった。
仕事は楽しくしんどくなくっちゃな。


2007年05月13日

ディボースショウ

前から気になっていたディボースショウをみた。
最高。
全米は泣かなかったが、私は南麻布で大爆笑した。

ディボース・ショウ
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キャサリン ゼダ ジョーンズのあひるぐちが最高にかわいい。
とてもきれいな顔なんだけど、どこか少女のあどけなさが残っているというか。

ジョージ・クルーニー、ほんとコミカルな役も最高にうまい。
オーシャンズ11,12といい、めっちゃかっこいい三枚目っていうのがはまってる。

さて、ディボースショウ。最高だ。
なにより、セリフまわしがすばらしい。

「どうやって、婚前協約書してさせたの」
「法廷での経験から、暗示の力の大きさはわかっているはずでしょ」

うーん、最高だ。

「マリリン、なにもいわずに言うとおりにするんだ」
といって、いきなり結婚。。

これも最高。

そして、最後の場面。。。
弁護士事務所の会議室にて、、

「ここではじめてあった」
「よく覚えているわ」
「今日 ここで会うのが君との最後になるわけだ」
「悲しい結末だわね」
「殺し屋に金をやり、僕をけそうとしたなんてしんじられない
「殺し屋はあなたが、、、」
(どっちもどっちやろ!)

「後は信用性の問題よ」
「君を信じていた僕先に裏切ったのは君だ、でも、もう一度、やり直せたら」
「あんなことのあとであなたを信じられる?」、、、
契約書をもちだし、マイルズはマリリンにこう話しかける。
「この契約書で、君は財産を守れるよ。」契約というかたちで、愛を見せる。

そして、このあとしばしの沈黙。。
マリリンは、その契約書を、破り捨てて、厚くキスをかわし、ふたたび結ばれるのだった。

人間って、ほんとどうしようもなく欲深くてで、どうしようもなくピュアで、
どうしようもなく愚かだけど、ほんとにいとおしい。

一言で言うと、「だって、人間だもの((c)あいだみつお)」ってことで。

愛の力は、すべてを解決する、愛は偉大だ、という、映画でした。
Mr.&Mrs.スミスとならんで、おすすめです。

けんかしないコツ

「けんかしないことは、けんかしないこと」、だそうです。

NHKのトップランナー(この番組すき、
再放送でしかみたことないけど。)、再放送でコブクロがでてきて、
「ふたりはけんかしないんですか」というギャラリーからの質問をうけての、
小さいほうの人(小渕さんというらしい)の答え。

桜っていう曲は聴いたことあったけど、
そして、コブクロっていうなまえもきいたことあったけど、
焼肉屋でみる「コブクロ」を想像してました。

曲を作る場面においては、激論するらしいんですが、
感情的な対立とかにはならそうな。

いい曲つくるために、過程においてどっちを選ぶかで
議論することはあっても、けんかはしない、と。

たぶん、前提として、ものすごく遠くにある目標っていうか、
「いい曲を作ろう」っていう広いくくりの中で、同士であること。

私たちはけんかしないことにしています、って、
言い切れること、そういう人間とめぐり合えて一緒になにかをできる
幸せって人生のもっともおおきな喜びのひとつなんだろうなあと、
思った。

今の自分をふりかえってみると、ほんとにいい仲間に恵まれている。
というわけで、もっといい仲間がふえていくといいなあとおもった。
そのためにやることしっかりせんとな。。

2007年05月03日

面白いこと思いついた、と思ったときにはもう、世界に1万人ライバルがいる。

というわけで、エントリー。

この1ヶ月、社内でGSWというプロダクトを作り始めています。
1ヶ月ちょっと前、Kさんというデザイナーとの出会いからはじまり、
もりあがってスタバにいった帰りに、ふと思いついたアイデアをきっかけにスタートしました。

かえって話したら、kaparaが乗りのりでつくりはじめてくれて、ああでもないこうでもないとつくりながら
いまにいたっています。

面白い、とおもって考えたときには、もう、同じことを
世界で1万人考えていて
1000人くらいがスタートしていて
100人くらいがちょっと続けててt
10人以下の戦いになって
1人(多くて3人くらいか)が生き残る

とりあえず、社内でうごくものできたので、世界で1000人までのところにはもうはいったかなと。。
世界で1000人といえば、ワールドカップ参加国が32で各20人ちょっといるとして、
それくらいの人数です。そうかんがえれば、世界なんて近い近いw。
(出場することと、優勝することにはとてつもない隔たりはありますが。。。)

インプットがあっての、アウトプット(アイデア)なので、
同時代できちんと物を見ている人がいれば、きっと同じような筋のことを思いつくものだと思います。

そこから続ける意志と続けられる状況をキープすること、細部での手触り感が、
生き残って、アイデアをプロダクトにしていくための鍵なのだと思います。