ものごとはシンプルに。でも、それはつねに正解ではない。
去年の夏くらいから大幅に仕事の仕方をかえてきて、
最近やっとなれてきた。
ひとことでいうと、「ものごとは、シンプルに」だ。
机の上の整頓みたいなこともそうだし、
なんでもかんでもデータベースにしない(=さっとみていらないものは捨てる)
、ってこともそうだし
対象を不必要にもれなくだぶりない構造にして悦にいらない、ってこともそうだし、
手書きを多用するっていうのもそうだし、
無駄に手の込んだ資料はなるべくつくらない、ということもそうだし、
シンプルにならないときの、原因は、目標や、
目的がさだまっていない、ということにつきる。
ものごとの汎用性をかんがえすぎると、どうしてもシンプルにならない。
目的がさだまれば、それにむけて必要なものだけそぎ落として
シンプルにすることができる。
そこで「シンプルに」でおわったら、「おかあさん」の小言レベル。
シンプルにする必要がない場合もすごくある。
ひとえにいうと、目的や目標をなににするか、設定する場面だ。
机の上で言うと、ありとあらゆるジャンルの資料が乱雑につんであるとか
生物の進化で言うと、カンブリア紀とか。
パソコンなんかもそうで、およそシンプルさとは程遠い。
そういうところから、質的な変化や新しい目的へのジャンプがうまれたりする。
ipodやWiiのUIはシンプルだ。
それは、ある程度の試行錯誤のなかで、使い手の使い方が
さだまってきたから、できる所業ではある。
ひるがえって、ウィンドウズVISTAは、カンブリア紀末期の生物ってかんじがする。
全方位的に進化しようとして、結局だれがつかうんだろう、という。。
そのマイクロソフトは、パソコンのオペレーションソフトを共通化し、しんぷるにすることで
覇をとなえてきた会社だ。
大きな流れを捉えるときは、、
混沌 シンプル 混沌 シンプル、、、、
この波のどこにいるか、かんがえるだけで、じつは十分なのかもしれない。
と、いうことでやや破綻したエントリーだけど、ブログだからいいや。。。
今週も元気にいこう。
