青い海 赤い海 ~言葉の力~
先ほど、秋葉原の本屋でダイヤモンド・ハーバードビジネスレビューの最新号を立ち読みしていたら、ひさびさに、面白い記事があった。
ブルーオーシャン戦略 だそうだ。
赤い海(既存フィールド・業界)でばかり戦わず、青い海(創造された新市場)で戦いましょう、という話。
なにより、言葉が良いと思った。
赤い海、というのは、競合同士がしのぎをけずって流れた血にまみれた市場、そして、青い海というのは、まだだれもいない、澄んだ海。(ということだと、私なりの解釈)
戦略をビビッドな色で語っているのがすばらしい。
言葉の威力は絶大だ。その言葉に触れてもらえたインスピレーションだけで、私はもう十分もとをとった(カネはらってないけどw)のだけど、内容も読むことに。
話は、「キダム」で最近は有名な、シルク・ド・ソレイユから始まる。
斜陽産業と思われていた、サーカス団の運営というビジネスで、なぜ大きく成長したのか、というような話、だ。
サーカスでなく、ひとが楽しい時間をすごすエンターテインメントとして、サーカス団のもつ能力を転用したら、あら不思議。有数のエンターテインメントができました、のだ。
サーカス業界でなく、エンターテインメントとして読み替えることのメリットは、
コストとバリューというトレードオフから無縁でいられること。
赤い海(=閉じた業界)でたたかっていたら、最適化される中で、コストとバリューはトレードオフになってしまう。あそこはライオン2匹だから、同時に3匹だそう、という話になると、きっと業界過当競争の中、つぶれていったのだろう。
たとえば、ゲーム業界で言うと、AというRPGにかつために、CGで勝とうと要素分解して望むと、CGにコストがかかる、その分どこかで削るか、予算そのものを積みますか、という選択を迫られることになる。顧客も訳知りなわけで、そういう業界事情も分かった上で、購買する、というような話だ。
シルクドソレイユは、サーカスをエンターテインメントという視点から、再構築し、「ストーリー」「テーマ性」をもたせ、当たり前とされていた、動物と、キャラクターだたせたスターを取り去った。バレエやオペラ、ミュージカルと同じカテゴリーにサーカスをいれることに成功し、ビジネスとして成立させたわけだ。
では、なぜ赤い海を選びがちか。
それは、ビジネスをいろどる言葉にも原因があるのでは、と筆者はいう。
「オフィサー」「戦略」「ロジスティックス」、こういった軍事用語が転用されることで、しらずしらずの内に、競争、差別化とコスト優位、といった、の世界に頭がいきがち、という。
そのとおり、だと思う。
&ビジネスはなんだかんだいって(特に日本の場合)、男社会というのも、助長していると思う。
青い海に出た場合の例としては、いろいろあげていた。古くは、T型フォードや、日本メーカがとった中産階級向け大衆車ビジネスも、青い海、だそうだ。
初期のソニーなんかはその典型かもしれない。
しかも、市場創造型企業に、赤い海企業が追随しようとすると、社内政治の壁に巻き込まれて憤死することが多くて、心理的なみえない優位性がある、のだそうだ。
この辺も実感として非常に良く分かる。
、、と、良く考えると、ほんとなにも新しいことを言っていない。この「青い海」戦略は。盛田昭夫のいっている「ソニーは、市場創造型企業なんです。」というの、そのまんま、だ。
新市場創造者が儲かるという話は、Appleのipodはまさに目の前で繰り広げられていることでもある。
もちろん、彼らはINSEADの先生たちなので、過去150もの青い海戦略の成功事例を収集した上の結論なので、直感的な言葉に事実の裏づけを作ったという部分には素直に敬意を表したい。
でも、大部分の経営者って、直感的に判断していることが多いと思うし、(そうでないと、不確実の支配するビジネスなんてフィールドで成功できないし、ノイローゼになるだろう)
そういう人たちに「赤い海での競争やめて、青い海でいきましょう」、といったあとに提案されれう新規事業のプランは、脳というか脊髄にビビビ、ときてゴーサインが出るはずだ。(私なら間違いなく出すだろう。)
こういったのを、「殺し文句」というのだろうな。
コンサルタントをしていると、とくに下っ端のうちは、データから抉り出した洞察、みたいなのにエクスタシーを感じるものだけど、実はそういうのより、ビビビのほうが大事だと私は思う。
浮世は不完全なもの同士なんだから。
(この間みた、堀紘一さんは、そういうの知り尽くして、アントニオ猪木の「元気があれば何でもできる」級に行っていることがシンプルだったなあ。)
では。