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2004年10月29日

NHKスペシャル 生命 40億年はるかな旅 をみている。

今週はたくさんすることがあったのだけど、夜中は、
NHKスペシャルの名作「生命 40億年はるかな旅」のDVDを借りてみてました。
(まだ余裕があるということなのでしょうか。)

ミトコンドリアが生まれ、有機物である細胞が生まれ、細胞がくっついて、海の中で多様な生物がありとあらゆるパターンをだした、カンブリア紀があって、骨格を持った魚たちが現れて、、、と、というところまで今週見た。

生物の進化の歴史をみていると、へんなビジネス書を読むよりも、よっぽど戦略戦術について勉強になる。
というのは、当たり前で、この世でもっとも貴重な生命が、その存在理由をかけて、進化してきたのだから、組織や事業の進化などよりよっぽど真剣に行われているのだろう、と思う。

、、、、と、ここで終わると、ドリームインキュベータ堀紘一さんとが、よく著書で書いているのと同じような結論になってしまう。。

私が言いたいのは、それだけでなくて、今回見直して思っているのは、
「生命の歴史といっても、人間が思いたいように、思っているのではないか。」ということだ。

ある環境変化に直面し、その変化に対応するために、遺伝子の多様な組み合わせで、多様な形が試されて、その中に適応できたもののうち、偶発的事故から生き延びた生物が栄え、、を繰り返す、というのはたしかにわかりやすくて面白い。人間生活のさまざまな場面に、アナロジーとしての応用も可能だ。

しかし、こうは考えられないだろうか。
「人間が認識しやすいような仮説をつくって、その仮説にそう事実を見つけてきているだけにすぎない」、と。

この場合、人間の脳仕様に相似形な世界を外部に投影して、それをさまざまな分野の違いで
「学問」として体系化しているにすぎない、かもしれない、ということだ。
結局、人間は己の脳の仕様を知るために、対象としてさまざまなものを利用しているにすぎないかもしれない、ということになる。

これが正しいのかどうか、私も人間なのでよくわからない。

とここまで書いて思ったけど、
養老孟司が唯脳論でいっているような話なのかな、これって。。。

(ちなみに、養老孟司は、良識あるインテリという私の好きでないポジションをとっているので、あまり好きではない。。。最近は、ご意見番的になってきて、さらに、です。)

と、論理構成もなく書いたので、破綻している箇所もあると思いますが、いいアドバイスある肩いたら教えてくれるとうれしいです。。。。

今週も、またまた多くの人にお会いした。

今週も、怒涛のような一週間でした。。。

ロボット関連のお話、医療業界のお話、ゲーム業界のお話、ソフトウェア業界のお話、、、と、ほんとに盛りだくさんです。しかも、そのつどフルに頭脳使ってないとついていけないから、心の休まる間もありません。(しんどく楽しいのはいいことだけど。)

私の敬愛する鈴木健さんいわく、
「人というメディアがもっとも面白いのは、現時点では人間の脳内が、もっとも情報の集約密度(相互作用だったかな。)が高いから(その前提として、情報の集約密度が高いほうが思い白いという仮定あり、」だそうです。
そのうち、他人の脳と常時接続環境になったりすると、変わるのかもしれない。

私は、どちらかというと、静かなところで本を読んでいるほうが好きなタイプなので(小さい頃は外出がいやでしょうがなかった。)、今でも家でじっとしていれればいたい。

しかし、やってみたいことがある今、そうはいかないので、人とお会いする。
人とお会いし、インタラクティブなやりとりをすると、圧倒的に受け取れる情報量が大きい。
ということは、刺激がある、ということだ。
(ついでにいうと、大学での大講堂講義なんぞはもったいない。一方通行で話すのだったら、本や、映像で十分だ。というわけで、そういう講義にはついぞ出たことがない。)

今やりたいことをひと段落して、一人で読書生活に戻るのはいつのことやら。。。

2004年10月26日

クララが起き上がった&VS戦車戦

本日、弊社のロボ娘、クララがとうとう起き上がり動作を覚えました。

 M1A2エイブラムスも本日いよいよ手に入りました。

この戦車、すごくて、なんとBB弾を発射できる。早速クララと決戦!
crala_battletank.jpg

BB弾による砲撃は予想以上に高速だが、クララはびくともしない。
(あとでみると、クララの胸部にちょこっと凹みがw)
こうやって、今日も時間が過ぎていきます。

、、、と、終電の時間なので、そろそろ帰ります。

そうそう、本日は刺激的なミーティングが2件あった。
すごいと思う奴は、着々と足場を築いているなあ、と感心した一日でした。

2004年10月25日

この週末は多くのひとに出会った。

金曜日
マルチメディアフォーラムの後、ミーティング一件。
戦車が買えることを知って、しかも、自家用戦車を40台も持っている人のことをしって、驚くあながち戦車ほしい欲求は無茶じゃなかったんだ。。。(eBayに戦車が出ていたことがあったようだ。。。)

夜は、某IT系ベンチャー企業の人主催の飲み会に誘っていただく。
さまざまな方がいて、面白かった。

土曜日は、国立天文台の一般公開日に参加した。
一番すごかったのは、これ。
立体メガネをかけて、みるわけだけど,圧倒的。
一般に、アカデミックの世界の人がつくるコンテンツは、システムに美をみいだすあまり、直感的な感動とか、フィジカルな反応、みたいなものがないもんおがおおい。

この4次元シアターは、フィジカルに驚きや感動があった。まわりの子供が、口々に「すげー」と連発していたのはその証左。。

そのあと、softdrinkという名のエンジニア社長の集まりへ。
ここは、毎度刺激が多いです。アナログ人間のわたしにとっては、かれらと話してその思考パターンをなぞるだけで、勉強になります。


、、、と、非常に多くの人、しかも、一人一人面白いひととであった週末でした。。。

2004年10月22日

マルチメディア推進フォーラムで講演した。

本日は、マルチメディア推進フォーラムなるところで、
「高速・広帯域モバイル環境におけるコンテンツサービスの課題と方向性」というテーマで講演させていただいた。
初めて話しをするテーマ&いつもコンテンツ業界の話が多い中、通信キャリアやメーカーといったもっとかっちりした企業のかたがた向けなので、不安はありつつも、ご好評を得られて感謝感謝。
コンテンツ、というものへの関心はほんとにつよいな、と思う。

とくに、風邪でベットにいる中、メッセンジャーでご指導&ディスカッションつきあっていただいた、四畳半社長、お忙しい中ディスカッションしてくれたAさんには感謝感謝。

最近、ほんと時間がなくて(いろんな案件錯綜しすぎ。貧乏暇なしとはこのことだw)、結局昨晩徹夜でスライドをつくりありさま。。。
ふだんからかんがえているようなことなのでまとめだしたら結構まとまったのだけど。
こういうところでお話させてもらえるというのは、考えることを結晶化させるきっかけとして、ほんとに貴重だ。

今日の私の話を一言で言うと、「動画や音楽、ゲームなどリッチコンテンツ普及のためには常時接続環境でのサービス普及がまえさばきとして必要、そしてそのコンテンツは状態がわかるpin程度で十分」ということ。
(簡単にまとめすぎかな。。。)

講演の中では、最近知ったrecommuniにもちょっと触れさせてもらいました。
PtoPコンテンツ流通へ対するひとつの答えとして、すごいアプローチだと思います。
パラッパラッパーの開発者として有名なミュージシャンの松浦雅也さんが取締役やっていたり、「クオリア」の茂木健一郎さんがアドバイザーしてたり、とても興味津々です。

、、、と脱線してしまいましたが、
やはり、ハードメーカーや通信キャリアの方は、ほんとにすごいと思う。
とくに通信規格の話なんて、ほんと宇宙語の世界ではある。

われわれのような、使う側(コンテンツやソフトウェア)はおきらくなものだ。
普段は、この仕様なんじゃ、とかぶつぶついっててごめんなさい。。。

あと、ここにはくわしくかけないが、未来を切り開くテクノロジーは確実に培われているのだなあとして出てきているんだなあ、と思った。

、、、とりあえず眠い。。。

2004年10月20日

業種って。。。

四畳半社長が、昨日のエントリーをうけて、「業種設定の大切さ」という話題でかかれている。

最近は業種設定がほぼ意味を持たなくなってきている気がする。
なにかに申し込んだりするときに、業種とか書かされることがあり、いつも非常に迷う。


私自身としては、ビジネスをかんがえるときとか、ビジネスについてかんがえるとき、
「エンドユーザー向け商売か/そのための道具をつくっているのか」
「NPVで見るタイプの商売か/「オプションバリューでみる商売か」
「価値を定義する仕事か/価値を作りこむ仕事か/価値を伝達する仕事か」
「大企業かそうでないか」
「ファンクショナルバリューが主か/エモーショナルバリューが主か」
「食べられるものかそうでないかw」


みたいなことを考えることはあっても、あんまり業種で考えることはない。

現在のように、ひとつの仕事というのでやらなくてはいけないものがたくさんあるときに、業種でみていると説明つかないように思う。

「漁業」においても、たぶん「おさかなキャンペーン」している人は、漁業というイメージではとてもつかめない仕事しているはずだし。。。

、、、、とかんがえたけど、
業種の設定って、たぶんめっちゃ週刊誌的で、
なにか「狂牛病猛威」というニュースで、
「おたくの業界大変ですね。」
「ええ、ほんと大変なんですよ。」

みたいなところにつかればそれでいいから、それでいいのだろう。

2004年10月19日

セミナー「ワールドマーケットに向けたゲーム開発」のお知らせ(ちょっと宣伝)

さて、本日はちょっと宣伝です。

きたる11月26日、ゲームローカライズで実績をお持ちのユニコンプロダクト様主催で、「ワールドマーケットに向けたゲーム開発」というテーマでセミナーが開催されます。しかも、無料です!私もちょこっとお話します。

私めのお話ごときはともかく、他の演者はあの「スペースチャンネル5」や「Rez」で有名な世界的プロデューサー内海州史さん(あんなゲームつくれるようになりたいなあw。)、世界マーケットへのローカライズで実績あるユニコンプロダクトマイク坂本さん、そして、3Dプログラミング界のフランシスコ・ザビエル、またの名を携帯電話ゲームが儲かることを証明した男、ユビキタスエンターテインメント清水亮さん

内海さん、坂本さん、清水さんのお話をオーディエンスとして聞けるのが今から本当に楽しみです。

「世界最強ゲーム会社」、というのを最近キャッチフレーズにつかっていますが、これは私のゲーム業界へ対する愛情の発露、と思って暖かく受け止めてもらえると幸いです。

いつものことながら、私ごときペーペーが話していていいのか、と自問するのですが、今から何かやろうとしているon the wayの人間ならばこそ、お話できることもあると信じてやろうと思います。

ちなみに、世界最強ゲーム会社でぐぐってみたところ、世界最強ゲーム会社任天堂なる記述を発見!うん、やっぱり任天堂は世界最強ですよね。。。

というわけで、ちょこっと宣伝でした。

ソフトウェア業界にいることに気づいた。

最近ふときづいたことがある。
自分がIT業界や、ソフトウェア業界と呼ばれるものに属している、ということだ。先日の結婚式で人にあってどんなことをしているか説明したら「へえ、バリバリのITビジネスやってらっしゃるんですね。」といわれて、はっと気づいた。

サイエンスやテクノロジーに文物としての関心はつよかったけど、それは本で読む文物としての関心だった。
自分はきっと、ローテク分野やライフスタイル産業で勝負するんだろうなと思っていたし、そのつもりだった。(いまでも、スタッフからは「おじいちゃん」扱いを受けている。。。)

私は、PCを買ったのは大学5年の春だった。
人生初の金儲け、「中古ドラフター販売」の利益をPCにあてたのだ。
買った理由も、女の子の卒論を代筆をしてあげたときに、手が壊れそうになったから、ワープロ使えば、うつさなくてすんだのに、という理由だ。
友達の、PCに詳しい男に、8万円で自作してもらった。

学生時代に働いていたウィルキャピタルマネジメント社にはいったころは、パソコンまったく使えなかったのだった。さぞ、師匠も手を焼いただろうと思う。手取り足取り教えてもらった。なにせブラインドタッチすらままならなかったのだから。

で、卒業後も、宝石屋とか墓石屋さんとか金融やさんとか商社とかそういった仕組み系ビジネスのプロジェクトばかりだった。

そのあと、ひょんなきっかけで、ゲーム会社に誘われたところから、大きく変わった気がする。
本来は、事業開発・新規事業立ち上げといった、どちらかというとマネジメントよりの仕事だったはずだが、、、、ゲーム会社で、しかも、開発が命の会社だったので、思い存分浸りきろう、と、きづいたら、思いっきりコードや絵や音のリソースと戯れながら、ゲームつくる企画会議をしている自分がいました。(ほんとゲーム作るのは面白い。プレイヤーとして遊ぶ何十倍も面白いと思う。)

しかし、よくよく考えると、PCを買った数ヵ月後には、もはやソフトウェア開発会社をつくっていたのだった。資本がなく、頭脳のみの学生ちゃんたちでは、それしかやれることがなかった、というのが正直なところだ。そして、HP作成+αは、生理的に受け付けなかった(こんなことでは、仲間たちの頭のよさが生かせない、と思った。)

気になって、当時のノートをあさると、「これからどんな商売するにしても、コンピュータへの理解と英語は不可欠だから、しっかりものにしよう」と書いているではないか。。。。

本質的に、座学、しかも目的がないと勉強できないタイプなので、そのものをビジネスにすることで、ITなるものを学んでいるのだろう。(そういえば、中学校のときも泳げるようになりたい、との一心で水泳部にはいったなあw。)

というわけで、私の中では依然として、IT業界という意識はまったくないのでした。。。。

2004年10月17日

師匠の結婚式に参加して、下積み時代を思い出す。

本日は、師匠の結婚式に参加した。

小笠原伯爵邸で行われた結婚式は、予想以上に盛大で、200人以上参加していた。
多くの友人、しかも、ばりばりのベンチャー企業や中堅企業の社長さんもいて、それはそれは盛大な会でした。こういうところに人柄ってでるんだなあ。。。
師匠、ほんとおめでとうございます。

新卒で入った会社は、外資系化学メーカー→外資系銀行→マッキンゼーというキャリアの人がつくった、戦略コンサルティング会社兼ベンチャーキャピタル、だ。

私は、師匠とひょんなところで知り合って、オフィスのあまりものかっこよさ(紀尾井町にあった!)、事業家志望の私にとって学べることの宝庫ということもあり、志願して入れてもらった。

学生のころから出入りしていたので、2年ほどいたわけだが、私はこの会社でビジネスの頭の使い方の基礎をすべて学んだ。いわば、私にとって最高のビジネススクールだった。
業種も多岐多様にわたっていたし、顧客のサイズも、大企業・中主企業・ベンチャー企業と程よくあった。
いまは、この時代に培った、ビジネスにおける頭の使い方(知識にあらず)のみで仕事している、といっても過言ではない。

当時の私は、仕事そっちのけ(仕事しろよw)で、社長と、副社長(当時、常勤メンバーは丁稚の私含めて3人だけだった!)の仕事の仕方を盗もうと真剣に見ていた。

どう人とであって、どうミーティングを設定して、どういう話の仕方をして、どうメールして、どう資料つくって、何をどう考えて、、、と、ひたすら毎日飽きずにみていた。

メモがきやアイデアスケッチが屑かごにすてられているのをあさって、思考過程をなぞったりもした。
いっしょにミーティングにでれば、彼らが顧客の言葉に対し、どう反応するか、エミュレートまでしていた。そして、なぜはずれたか、なぜそういったか、徹底的にやっていた。

2人ともマッキンゼーOBだし、世の中で言う、「スーパー仕事ができる人」だった。そして、ラッキーなことに、ふたりは 年齢(社長は40台、副社長は20台)、タイプが極端に違っていたこと。

社長は、直観力や、情報収集力、ビジネスチャンスをかぎ分けるのにたけ、人間的な説得力に長けているタイプ、そして、副社長は、聞く力、考え抜く力、論理構築能力と、そそる資料作成能力やロジカルプレゼンテーション能力、ミーティングの回し方が異常なほどうまかった。

とはいえ、ほんと当時はつらかった。初めての社会人という環境もあった。
愚痴をいいあえる同期もいなかった。めちゃめちゃ仕事できるバリバリの人と一緒に仕事して、できない自分に自信を喪い、どやされながら、それはそれは精神的につらい環境で、何度も何度も挫折しながら、やってました。(そして、安月給だった!)私にとっての、「下積み」時代、だ。

当時はつらくてつらくてしょうがなかった。自分で学びたくて志願して無理を言っていれてもらったとはいえ、これが本当にやりたいことにむけての成長につながっているのだろうかという疑問、とか、高い給与をもらっている同級生がなんだかんだとうらやましかったり。。。

ただ、いいこともあった。
ベンチャー企業の社長さんと、さしに近い形で仕事できたことは本当によかった。
とくに、ペット保険で大成功している社長から得たものは計り知れない。組織のありかた、仕事のあり方、大きな野望をもつことの大切さ、苦しいときに耐えることの大切さ。。。

全体をつうじて、仕事のパフォーマンスは決して高くなかったし、もっとできただろう、と思う。それを思うと、ひろってくれた、社長と副社長に申し訳ない気分になる。。。
今日は当時お世話になった多くの人に再会した。
覚えていてくれていて、ご挨拶できたことのはよかった。これが縁で、またなにか面白いことができそうな予兆もあった。

、、、というわけで、初心に帰って、一生懸命、愚直にがんばろうとおもった。

2004年10月16日

メーラーはむずかしくてわからない。。。

PCを新しくしたのを機に、メーラをoutlook expressから、Beckyに変えることにした。
最近のウイルスのひどさに耐えかねて&ソフト会社の経営者たるもの、MSのメーラをつかっているばあいじゃない、というわけのわからないw理由です。

で、メーラをかえてまだ2週間なのですが、①メールデータ消えて半泣き事件②BCCでまちがって送ってしまった事件③先方にメールとどかない事件、をやらかしてしまいました。
関係者のみなさま、本当に申し訳ありませんでした。
①は、なぜかデータよみこんでくれてなくて、フォルダの修復をするとなおりましたし、
③は、コピペしたメールアドレスをうっかりはったせいで、全角スペースが、というどうしようもないミスです。。。情けないです。

今後一番くるしみそうなのは、 ②です。

多くのメーラを触ったことがあるわけではないので、なんともいえないですが、すくなくとも、アドレスの記入が非常に面倒くさい。ここなんとかならないか、と思うほどです。。

振り分けが便利、とか、Beckyの利点もあるのでしょうが、私としては、今のところ、なれなくてほんとこまっています。機能満載でも、ほとんど使わないし、習熟する間もなく、どんどん仕事は増えていくし。。。

そういうことをかんがえるに、ソフトウェアビジネスはまだまだ可能性があると思う。
これだけ多くの人がつかっているにもかかわらず、まだ「テクノロジーむき出し」だからだ。

ケータイがこれだけはやっているのは、機械むき出し感がないから、となにをいまさらいっているの、というはなしですが、ほんとそうだと思います。

ユーザーインターフェースや、入力系(キーボードは不自然すぎる。)の進化でほんとにテレパシー感覚で情報を扱える日がくるよう、いや、こさせるように、がんばって行こうと思います。

メールもまともにかけない私にできるのかな、、、いや、まともにかけないからこそ、チャンスと慰めつつ、このへんで。

2004年10月15日

時代を読む秘訣。

昨日の夜も、やはり、前の仕事で大変お世話になった、元大手携帯キャリアの方とのみに行った。お互い、最近に転身したばかりで、お疲れ様&近況報告をした。

さまざま面白い話をできて、今後なにかを予感させる時間でした。

さて、今度彼がジョインした事業も、やはりキャリアでコンテンツ事業全体をみていただけあって、時代はこっちにいくのだろう、ということを感じさせてくれる。

時代を簡単に読む方法があるとすると、人の流れ、それも優秀な人の流れに注目することだと思う。

主体的に考える人格が人工的に作られるまでは、あたらしいテクノロジーやサービスいや、あたらしいものはすべて、意志と能力をもった人間からしか生まれない。そして、そういう人たちがどう動いているかウォッチしていれば、時代は読めるのだと思う。

表層的に流れている時代感、たとえばSPAやAERAで取り上げられたころにはもうぜんぜん遅くて、もっと深層のストリームをみないと、と思う。
そして、その深層のストリームは、残念ながらインサイダーにならないと見ることはできない。

一人の人間が、多くの世界でインサイダーになることは無理だ。
たとえば、コンサルタントしていると、いろんな業界の相当突っ込んだところまでみることになるが、結局は細胞レベルでその事業を知るにいたらないことが多いから、深層のちょっと上を追って読み間違うことが多い気がする。

インサイダーになることなく、時代を読み続けるドラッカー先生はやっぱり天才なのだろう。

やはり、ある程度絞り込まないと、この世でおもしろいことはできないのだろうな。。。

2004年10月14日

生きることのリアリティ。

昨晩は、まえの会社でお世話になっていた、某大手新聞社の人とのみにいった。

その人は、いわゆるイベントプロデューサーであり、さまざまな企画を興味の赴くままに立ち上げている。(最近招待されたイベントでは、イエローキャブライブ、なんてのもあった。)
いわゆる、趣味と仕事の一体化に成功されておられる人だ。

どうやったら、そういう立場になれたんですか、やっぱりなにか工夫あったんですか?。ときくと、「ああ、若いころから、こいつは自分の好きなことしか本気でやらない、変なやつ、ということをひたすらアピールして、いまの仕事になったんだよ。」その間、辞表やらなんやら、カイシャと戦いつつ、ついに勝ち取った、そうだ。

さて、その中で話題になった話。
私が、「人生にリアリティを感じるため、自分をおいこんで、仕事をやっている」というはなしをしたときに、彼は「日常リアルな現実ばっかりだから、バーチャルに現実逃避したい、いや、そのへんがいまの若い世代の感覚なのかなあ、」ということをおっしゃっていった。
年が一回り違うので、感覚がちがうのだ、としきりに感心しておられた。

たんなる個人差なのか、はたまた世代間のちがいなのか、これだけのサンプルではよくわからないが、すくなくとも、人生のリアリティは若い世代であればあるほど、なくなっているような気がする。

これは、生まれたときにすでにものがたくさんあって、豊かな時代に生まれたのだから仕方ない気がする。

私は、ユニークな家にそだったので、ずっと浮き沈みのはげしい環境だったけど、それでも、人生のリアリティなんてものは、非常に希薄にしか感じたことがない。だから、生きている実感「リアルさ」を確認するために、強制的にどきどきさせてくれる世界に身をおこうとしている。

、、、と途中だけどこの辺で寝ます。おやすみなさい。
あ、 ねむいという感情には、リアリティかんじるなw。

2004年10月13日

東京大学で「ゲームデザイン」について講義した話。

昨日は、東京大学で講義した。教養学部の「ゲーム研究・制作入門Ⅱ」という授業のゲストスピーカーとして、だ。
タイトルは「私的ゲームデザイン論」。いつものプロデュースの話でなく、あえて、面白いゲームの作り方、というところに突っ込んで話をさせてもらった。

余談までに、東大の教養過程では、ゲームにかぎらず、結構ユニークで面白い講義が展開されている。しかも、各界でトップの人から受けれるというのもすごい。
なにせ、芥川賞とった松浦寿輝が、英語を教えてたりするのだから。。。
学生時代も、講義時間割みて、うけたいとおもうのあったけど、当時は寝たり(なんで大学時代はあんなに眠かったのだろう。)遊ぶのにいそがしく、出なかったことを残念に思う。

最近は、「戦略のわかるプロデューサー」ということでラベリングされているせいか、プロデュースについての方法論とか、ゲーム会社の戦略や業界環境の話をすることが多かった。
それはそれで、伝えたいことはたくさんあるし、おもしろいのだけど、今日は学生むけということもあって、あえてより、ディレクションに近い部分、すなわち「ゲームデザイン」についての話をした。

プロデューサーというと、どうせ宣伝やっているだけでしょ、とか、数字管理しているだけでしょ、とか、あるいはほんとに名前だけのお飾り、ということも多く、実際、こうあるべき、というただしい姿ってないし、プロジェクトによってもかかわり方がちがうんですけど、あえて

「私は数字みているだけでなくて、ほんとに開発してるんだよ」ということをアピールしたくて、ゲームデザインの話にフォーカスした。

中身については、また「もち肌」内で改めて触れたいと思うが、簡単に言うと、私にとってのゲームデザインは
(「キャラクター」+「世界観」)×「動詞」×「形容詞」×「トレードオフ」をコントロールすることにつきる、、ということ。
そして、それぞれをどう考えていくか、というのが講義の主旨である。

(もちろん、ゲームは要素還元的でなく、面白さというつかみ所のないものにたちむかうものであるがゆえ、全体を見た右脳的思考がほんとにだいじなんだけど、より右脳を効果的につかうためのフレーム、と思ってもらえればと思う。)

やる前はどの程度受け入れられるか不安なぶぶんもあったけど、相当受け入れられたようでよかった。

IGDA日本 代表の新さんからは、「日本で今日の講義のようにでゲームデザインを分析的に説明できる人はほとんどいないですよ。」と身に余る賛辞をいただいた。

実際、私以上にゲームデザインについて、面白く濃い話をできる人は多分たくさんいるのだろうけど、それを表にでて語らないだけ、だと思う。往々にして、それは深夜の飲み屋で雑談の合間に、断片的にポロッとでてくるものだ。そして、その話からこそ、私は多くのことを学んできたように思う。


、、といろいろ書いたが、私にとっては、自分のかよっていた大学で、(6年も在籍してほんと10回以下しか講義出てないのに、、、)私が、教壇にたてた、ということが「課外授業、ようこそ先輩」みたいでうれしかったというのが総括です。

2004年10月11日

ウォール街金融道  LTCM

最近、あらためて、金融関係の本を読み直している。
今読み直しているのは、「LTCM伝説 ~怪物ヘッジファンドの栄光と挫折~」だ。

大学4年のとき、外資系投資銀行にいきかけてたくらいなので、
資本主義のカーネル部分としての金融には非常に関心が強い。
金融分野において、明らかに自分よりすごいとおもった友達が投資銀行にいっていたので、
この分野に私がいっても超一流にはなれないと思って方向転換しました。

映画「ウォール街」や、「プリティウーマン」を多感な思春期にみたのも、影響している気がする。とくに、ウォール街でマイケル・ダグラスの演じるヘッジファンドのオーナー、ゴードン・ゲッコーは子供心にめちゃめちゃかっこいいと思った。資本主義をゲームとわりきって稼ぎまくる一方で、現代絵画の目利きも超一流。。(たぶん、記号と割り切ってたにちがいないがw。)

ゲッコーが株主総会で話す科白は、かっこよすぎて諳んじてしまった。
「Well,I appreciate the opportunity you're giving me,Mr Cromwell,as the single largest shareholder in Telder Paper,to speak・・・・・。」
「Thank you.I am not a destroyer of companies! I am a liberator of them!」(「のっとり屋という批判に対して)私は破壊者でなく、解放者なのだ。)
「The point is ,ladies and gentleman,that greed,for lack of better word, is good.Greed is right.Greed works.Greed clarifies,cuts through and capture the essense,,,of the evolutionary sprit.・・・・・」(欲がこの世をうごかしているのだ。。。)

(今の日本で言うと、M&Aコンサルティングの村上世彰さんは、こんな感じなのかなあ。)

あと印象深い科白は、
「The most valuable commodity I know of is information.」(この世でもっとも価値があるのは、情報だ。)
勝ちたければ孫子を読め、という科白を聞いて、孫子を買って読んだこともある。当時は「敵をしり、己を知れば、100戦危うからず」って、なにを当たり前のこといっとるんや、とまったくビジネス環境でそれを意識することの重要さがよくわからんかったけど。。。

プリティウーマンのリチャード・ギアもかっこよかった。今思うとバイアウトファンドやってたんだなあ。彼は。

そうはいっても、トップガンをみたときは、戦闘機パイロットになりたいと真剣に思ったから、われながら単なるミーハーです。

・・・と脱線が長くなった。

LTCMは、ソロモンブラザーズで、アービトラージチームを立ち上げて稼ぎまくっていたジョン・メリウェザーが、部下の起こしたスキャンダルの責任を取らされてソロモンを去った後、つくった、金融業界のドリームチームだ。ハイテク金融技術によって、「錬金術をついに発明した。」というほど稼ぎまくっていたのだけど、ロシア政府のデフォルト(債務不履行)に伴う環境の激変で、破綻してしまった。

簡単に言うと、自分たちがもっている「ものさし」で4正確に価値算定できるという前提のもと、理論価値より安いものをうって、高いものをかう、それをひたすら繰り返す、という手法で大もうけした。マートンや、ショールズなど、ノーベル賞級学者を擁していたのも、その神秘性を高めることに大いに貢献していたようだ。ただし、その「ものさし」が機能する前提条件に小さな小さな落とし穴があって、そこに思いっきりはまった、という話だ。

しかし、この本を読むと、実際には、理論の実践で儲けまくっていた、というよりは、パワーゲームめいた部分、いうなれば法と制度をかいくぐった仕手戦っぽいことで収益を上げていたということがよくわかる。どんな業界でも、きれいな理論だけでは儲からないものなのですな。

そして、収益源となる市場の歪みを生む原因の大きなものとしては、どこの国でも政府がアホやから、というのがある。

1990年代のヘッジファンドの隆盛というのは、乱暴に言うと、あほな政治が経済に食われる、ということに要約できるような気がする。

日銀の市場介入に乗じれば、それだけであほでも儲かる時代があった、と知人のトレーダーがいっていた。

政府は、政権の正統性の根源である民意つまり選挙でかつために、一部の圧力団体の受けを狙ってアホな介入を行い、そのカネがむさぼられて税金が使われる、という。。。。
これは仕方がないことなのだろうと思う。正しい民意などいうものは、存在しないし、そのフィクションに依存して政治は動いているわけだから。「王様は裸だ」、と立場上死んでもいえない人たちがやっているのが政治といってしまっては乱暴だろうか。
しかも、絶対的な市場効率のみを追求しては、最大多数の最大幸福を実現できるわけでもないのだから。

当然、「王様は裸だ。」ということのできる人は、彼らを欺くことすらなく、利益を得ることができる、のだ。

、、とやや寝ぼけた頭でかきつらねたが、彼らのオペレーションが具体的に説明されていたりして非常に面白い。

金融業は、究極のファンクショナルバリュー商品である株や債券や通貨やそれにともなう権利を売り買いしているわけで、いわば資本主義のスケルトンだ。
そして、そのスケルトン上で設けていたオペレーションとは、資本主義上でおこなうすべてのビジネスにおいて参考となると私は思っている。

さて、そろそろ仕事に戻ります。

2004年10月06日

お米のあるダーツバー。

昨日のまとめ。

昼過ぎに起きて、(朝方までロボットを触っていた。)洋食(ここ、めちゃくちゃおいしい!これ以上混むのいやだから、名前は伏せます。)食べながら、Mtg.なんかを淡々とこなしていると、赤坂四畳半社長(もはや赤坂11畳社長というべきかw)からお電話。
「新しいボードゲームしませんか。」

そのあと、用事がありそうだったのだけど、「新しい」という響きに弱い私は、なんとか予定を調整して、六本木へ。

ダーツバーなんだけど、ボードゲームに詳しいマスター。おもむろに、そのボードゲームのルール解説を始める。横で初めてお会いした某超大手ゲーム会社PDのSさんは、ニラレバ定食ご飯大盛りをかきこんでいる。。。お米大好きの私として葉、うらやましい限り。時間の関係で3ラウンドしかあそべなかったけど、なかなか面白かった。それより、すぐさまボードゲームのデザイン(含むゲーム性)に的確なつっこみをいれる四畳半社長は流石、の一言。いやあ、的確的確。

これは素敵なお店だと、常連になることを決意したのでした。。。(大盛りご飯がKBFですw)

いままでお遊び程度にしかしてなかったダーツもこの際本格的に練習しようかな。。。ちなみに、ビリヤードは便利なところにいいお店を発見したので、再開しようかと思ってます。

(大学生のころの一時期、クリスマスシーズンだというのになにかにとりつかれたようにビリヤードにはまり、デートも何回もすっぽかす勢いで月300時間ちかくやってたのが懐かしい。そのわりにはうまくなってないな。。。)

2004年10月04日

プラモデル・ラジコンショー

日曜日、プラモデル・ラジコンショーへいってきた。

ラジコン大好きの私としては、見るもの見るものすべて楽しかった。

そろそろ、ロボットの展示もちらほらみられた。
京商(オプティマが懐かしい。。。)もロボットをだしていた。

しかし、なんといっても、私が好きなのは田宮模型。
初めて買ったのは、ホーネットだったのを覚えている。
その後、シャフト駆動4WDのビッグウィッグを組み立てたときにはなんともいえない感動があったのを覚えています。

田宮はロボットっぽいことを出展していなかったが、もっとすごい出展物が。
なんと、田宮俊作社長自らが、サイン会をしていたのだ。。。
私も本を買って、サインしてもらった。

唐突におっちゃんがすわっているものだから、田宮の社長と気づく人もすくなく、当然人だかりもできず(そもそも社長はどれくらいコンテンツとして強いのだろうか。私みたいな人種にとっては田宮の社長といえば、神様のようなものだけど。)、結構ゆっくりお話しすることができた。田宮の最近の業績、ロボットへの取り組み、そのほかいろいろ話することができた。

ラジコンヘリやモデルガンなど、最近の発展ぶりに、たくさんのものがほしくなった。
そのうちまとまってお金ができたら大人買いしようとおもった。

パンゲア ワークショップ

先週の土曜日は、パンゲアのワークショップへいった。

この日は、広尾中学校と原宿外苑中学校をネットでつないで、リアルタイムに動画&音声でコミュニケートして、クイズをだしあう、というもの。私は、広尾中学側のカメラマン役をおおせつかった。

パンゲアというのは、先日紹介したように、文化的背景のちがう子供たち同士を、インターネット上に遊び場をつくることで、相互理解を深め、平和な世の中を作る、というのが目的のNPOだ。
友達が、副理事長やっていることもあって、本日は活動初参加。

まず、なによりおどろいたのは、中学校にPCルームがあって、みんなあたりまえに検索エンジンで調べ物をしていること。時代は進む。

さて、ワークショップについて。

斜に構えた中学生たちは、はたしてこういうのを喜ぶのかと思っていたけれども、意外、みんな素直に喜んでいた。原宿外苑は女の子中心の参加、広尾は男の子中心の参加で、ネット合コンのよう。

しかし、やはり中学生は中学生。時折、あらし的な発言をしたりする。
ネット上だけで完結していたら、多分あらしまくりで成立しない。
教室というオフラインの場があることで、成立している、というのも思い知った。

話はそれるが、小学生・中学生でネット上でテキストベースでコミュニケーションしているのは危ない気がする。自分の書いたことがあいてをうっかり傷つける、という感覚が希薄だから。
(大人になった今でも難しくて、いつも気を使っている。)

全体を通して、まだコンテンツは単純であるが、ものすごい可能性をかんじさせる何かがあった。私もコンテンツまわりでもぜひお手伝いできればと思った。

2004年10月03日

卒業のご報告。

「もち肌」読者の皆様に、この場を借りてご報告。

9月末日をもって、Tグループを卒業いたしました。

ゲームのことをなにもわからないまま入って、社長のそばで戦略立案や決済の補佐をし、TLab.つくって、携帯コンテンツを立ち上げて、プロデューサーとして、納得いくゲームを数本だして、ネットワークゲームへの本格参入の道をつけて、、、と、非常に濃い3年間でした。
最後にきちんとしたゲームを3つだせて、非常によかったです。(反省や納得できていない部分はもちろんあるけれど。)


最後の日は、前の日、前の前の日と、ある政府系団体むけプロジェクト応募の企画書書いたりして、ほとんど寝てなかったので、このままメールでご挨拶で済ませようかと思いきや、会社から電話があって、最後になにかみんなにメッセージをといわれ、夕方に出社。
そして、お世話になった、各部族長や、営業、総務、経理の人たちに卒業のご報告。

前の暇では、取り立てて何の感傷もなかったのだが、やはり涙がでそうになるほど、名残惜しい気持ちが湧き出してきた。T社の人は、ほんと、まじめで、働き者で、いい人がおおい。

でも、やはり一番感極まったのが、一緒に働いていたスタッフへの挨拶。
一緒に仕事したIさんから、「オマエと仕事できてよかった」と握手を求められたときには、本当にじーんとくるものがありました。

Iさんら、ベテラン開発者からすれば、ほんと、ひよっ子がやってきて、経営者でござい、プロデューサーでござい、といって、最初はほんと嫌悪感すらあったそうだ。(そりゃ当然の反応です。)
でも、お互い仕事する中で、時にはぶつかりながら、私の考えを伝え、最初いやいやながら理解してもらってたのが、小さな成功体験を積み、キャリアの担当者の理不尽にともに耐え、なかなか面白くなってくれないゲームにああでもないこうでもないとともに頭をなやませ、やがて信頼関係と一体感をもってプロジェクトをすすめていけるようになった、そのことが私にとってなにより貴重な体験でした。


朝こない、夕方近くにあらわれて、朝方までいる、オフィスではけん玉とか知恵の輪とかへえボタンとかと戯れながら、めちゃめちゃ汚い机で仕事している、と、お子様プロデューサー/経営者の私を信じてついてきてくれてありがとうと心からお礼申し上げたい。ボロ勝ちはできなかったけれど、いいスタッフもあつまってきたし、勝つための基礎工事はやりおえた、と自負しております。

次、どうするんですか、という話をいろいろな人から尋ねられるわけだが、かすみをくっていきるほど悟りを開けていないので、当然準備はいろいろとしている。徐々に「もち肌」上でもご報告していくことができると思うのでこうご期待。「次はどこの会社にいかれるんですか?」と聞かれることも多いが、サラリーマンやるんだったら、T社にずっと残ったほうがよほど幸せだろう、と思うし、朝起きるのが嫌、と公言している人間を雇い会社もなかろうて。

というわけで、「面白くもない世の中を、面白く生きて」((C)高杉晋作 1867)いこうと思います。

家で寝転んで本読んでいる、というので満足できてしまう性質なので、ちょっとほっとくとそうなってしまいそうだ。せっかく、この世に生まれてくることで「リアル人生ゲーム1976年版」のエントリー権をもらったのだから、勝ち負けはともかく、存分に遊ぼうと思います。