義経が好きだ。
戦争戦術の天才、かつ、それ以外のことは何も出来ない、しかも、ミーハーで好色家。それでいて、親の仇をうつ、という「まっすぐさ」をもっているからだ。
決定的にいいのが、司馬遼太郎さんの「義経」だ。
初めて読んだのは、中学生の時だっただろうか。
それ以来、何度も何度もよんだ。
(義経にかぎらず、司馬遼太郎さんの歴史小説はほんとに良くよんだ。)
今年の前半は、自分の置かれている境遇に重ねあわせるように、読んだ。
戦(ビジネス)で勝てば勝つほど、政治的な立場は悪くなっていく。ああ、義経、オマエもか、と。
平安時代は、日本社会全体が、今でいう同族会社&風通しの悪い大企業みたいなもんだから、立ち回りが下手(というかそもそも感覚としてない)義経も大変だっただろう。
いまだったら、転職なり、自分でやるなりあるけれど、社会全体から抜けるというのは、世捨て人になるか、革命家になるしかないからな。。。
義経=チンギス・ハン説というのがある。
義経が、頼朝率いる鎌倉幕府から逃げて、大陸へわたり、ハンとしてモンゴル帝国を作った、という話だ。
高校のとき、気になって調べていたところ、戦前に軍部が内蒙古地域における親日工作のために利用したプロパガンダだったようだ。
フィクションであることとの前提で「義経=チンギス・ハン説」を、私なりに得た「意味合い」で再構築すると、
①平安末期に、戦の天才として平氏を滅ぼしたが、政治的才覚がまるでないため、失敗した義経。奥州で逃げ惑い、もうこれ以上逃げ延びれないと悟った時、なぜそうなったのか十分の人生を反芻した。。。
②もともと頭のよい義経は、そこで初めて、この世は、たとえ戦乱の時代といえど、戦につよい弱いという、剥き出しの実力のみでなく、合議や世論、「政治」で動いていることに気付く。
③それまで、主人の政治的センスのなさをなんども諫言するも、「君がなにをいっているか僕にはわからないよ」状態の義経に困り果てていた弁慶は、ここぞとばかりに
「殿、この世は人の嫉妬や権勢欲といったものがうずまき、まっすぐ生きるにも、いや、まっすぐ生きようとすればするほど、そのメカニズムをとらないとつぶされてしまうのです。」
義経は、そのとき「政治」というものをはじめて理解した。しかし、時はすでに遅し,,,。
④死を覚悟したとき、地元の領民から一条の助けが。「大陸へお逃げになるというオプションがございます。。。」
義経主従は地元漁師にいざなわれ、万が一の覚悟で日本海をへて大陸へ。
⑤大陸は、その頃、狩猟民族である満州族の金王朝。しかし、金王朝にもモンゴル高原にすむ民族との抗争に明け暮れる日々。
落ち延びてきたとはいえ、身なりが豪華な義経主従は、遠征中のモンゴルの一部族から、南宋の貴人と間違われ、攻撃される。しかし、義経は、奇跡的な奇襲戦術により5名で司令官を討ち取り、数千の大軍を打ち破る。。。
⑥義経は、めばえつつある「政治感覚」を利用した。弁慶は義経のプロデューサーとして、義経が天才的な戦術感覚をもっていること(これは実戦で証明済み)とそして、貴人としての成り立ち「義経殿は、日出づる国の天上人である。」をアピールし、モンゴル族の客将となる。
⑦弁慶は、ここぞとばかりに、義経プロデュースを始める、その方法は、頼朝が日本において、北条氏はじめとする関東豪族に用いたのと同じアプローチを義経にとらせる、ということだった。義経もその通りに従い、やがてモンゴル高原の盟主として、義経を中心に結束するようになった。
⑧そして、義経は、ハーンへと上り詰め、チンギスハンと名乗った。そして、得意の騎馬戦術そして、大陸で覚えた「政略」で周辺諸国を征服し、、大陸の覇者となった、、、。
、、、というお話です。
ちなみに、大河の主役は滝沢くんになったようですが、こじんてきに一番フィットしていると思うのは実は「上戸 彩」です。きゃしゃで反っ歯で、天真爛漫で、お天気やさんそうで、あんな感じだとおもうんですけど。。。
あ、ついでに、ゲーム業界でも義経ものがおおくでそう。
SCEJからもGENJIなるゲームが。岡本吉起さんのゲームリパブリックが制作するそうな。「雅」がテーマだそうな。義経のゲームを創るとしたら「本拠地殲滅主義」をテーマとしたものにしたいとおもっていた。
やってはみると思うが、画面写真やシステムの概要尾からいって、鬼武者っぽい感じがしたので、目新しさはどうなのだろう。。。