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2004年02月10日

会社ごっこ。

今日は大小6つのミーティングがあった。
小金ゲインする話だったり、未来に向けての話だったり、組織増強の話だったり、グループ全体の話だったりするわけだが、結構疲れる。
前の会社で下っ端としてひたすら資料つくったり調査したりしてたころは、顧客とのミーティングが楽しくてしょうがなかったが、ミーティングばかりというのもほんと疲れることを知った。


そういえば、昨晩証券会社をつくることは可能かみたいな話になった。
ほそぼそ儲けて自分達が楽しむ程度にとどめておけばそれなりに証券
会社ごっこを楽しめる気がする。打倒松井とか野村とか言い出した瞬間破滅の
みちが待っているだろう。

ごっことはいえ、侮ってはいけない。ごっこをすることでその対象を正確に理解することが容易になるからだ。

証券化のしくみで、1000億円くらい集めて、一企業じゃつくれない程度のオンラインゲームを作るというプロジェクトはやってみたい。プロジェクトコードはもちろん、
「マトつく」(マトリックスをつくろう。)

「今度のプロジェクトはマトリックスを制作します。」
「へえ、よくライツとれましたね。」
「あほー、本物のマトリックスじゃ!」
「どっひゃー!」

みたいな会話を考えると楽しくなってきた。
そのためだけに実現したいくらいだ。さ、がんばろう。

2004年02月09日

秘密主義者とインターネット

http://www.orkut.com/index.html なるものが最近身のまわりではやっている。

いわゆる、オンラインの人脈サービスなのだが、(いつも思うが、日本語の人脈という言葉
は何とかならないだろうか。なんか、人と人の関係のあり方をなめている言葉だといつも思う。というわけで、人脈という言葉を多様する人は好きではない。)

こういうツールができると、秘密主義の人はほんと困るのではないか、と思う。
いくら個人情報を管理できるつくりになっていても、管理している時点でもはやこの種のことはふれないで、という情報を公開しているわけで。。。

ということは、この種のツールの普及は、必然的に秘密主義者に大きな戦略転換を強いる
ということだ。

テクノロジーが、その時代の文化に影響を与える、というのは案外こういう俗なところからなのだろうと思った。

2004年02月08日

お茶会

今お茶会の帰りにこれを書いている。

月に一回、中国茶を飲みながら話をする会だ。

今回は50回記念の会で、50人くらいきていた。
私は0回目から参加している。参加率は3割程度。
第四世代、つまり、友達の友達の友達の友達くらいがきていて、もう知った顔はすくなくなってきているのだが、それでもなんからの形で知り合いの知り合いだったりする。

世の中は狭いなあ、ということを言いそうになるが、それは違うといつも戒めている。
世の中が狭いのではない、自分の行動範囲が狭い結果が現れているのだ。と。

これははてなアンテナでも、なんでも嗜好ベースで物事を集めていくと感じることなのだろう。

2004年02月04日

新領域

最近、CGとかかわる機会が増えてきた。
私自身がモデリングしたり、モーションをつけたりすることはないが。時間があったら、したいなあ。で理想の美少女を作りたい。。。)

ゲーム業界にとって、PS以降加速度的になだれ込んだ3DCGという表現形式がゲームに何
をもたらしたか考える機会がおおい。スタッフとも、3Dがゲームにもたらした功罪みたいな話をよくする。

前に聞いた話によると、人間は、2D空間より、3D空間を見るほうが、海馬をものすごく刺激するらしい。人間の脳の今までと違うある部分を刺激するという意味では、非常に新しかったのだろうな。

ビデオゲームは、視覚的な快感もその一要素だが、
最近とみに思うにマトリックスをはじめとするハリウッド的実写ありCGには及ばない。

映像表現が極度に抽象化された例として、将棋や囲碁、バックギャモンといったゲームがある。そういうゲームは、視覚的な驚きは当然ない。しかし、戦略性と駆け引きがある、、、いわばコミュニケーションの快感だ。

①閉じこもり⇔②コミュニケーション、a.(映像の)具体⇔b.抽象、という2軸でマトリックスを作ってみると、①aがテクモのDOAのようなゲーム、②bが将棋、①bは、うーん、なんかあるかな、②aは、FF11とかかな。あ、①bは文字小説か。

と、しばし考えてみよう。

とまとまらないけど、誰もみてない、そう、自分メモのようなblogだからいいや。
帰って寝よう。

2004年02月02日

復活

先週1週間、インフルエンザで自宅療養していた。
ひさびさに、じっくりと家にいる日々だった。

改めて、日頃いかにあわただしく働いているか判ったのが大変良かった。
背理法的に自分の活動成果がわかるというのもいいことだ。

で、家にいて仕事として、読書をしていた。
イノベーションのジレンマ、イノベーションへの解を改めて読み返してみた。

読んで思うのは学者は大変だということ。
反論可能性というものが必要で、その反論ごとに、データやロジックを用意しないといけないからだ。

その点、宗教家と事業家は楽だ。

やはり私に学者は無理かもしれない。