2005年11月10日

しらないことを管理するということ

しらないことを管理するというのは、難しいことだろう。

自分は、いままで、「自分がやったことがあること、知っていること」に関しては管理することは、何度か行ってきた。(それすら管理できていないという話もあるが)
どの作業が、どれくらい大変で、どれくらい時間がかかるかが分かるということは、見積もりやプランニングの段階では、極端な話、誰とも話す必要がないということだ。

しかし、飲食店の店舗の立ち上げのマネージメントをしろといわれたら、どうやればいいか迷ってしまうだろう。


いままで、新しいフィールドを自分がやったことがあるフィールドにしてしまうことで、その領域を増やしてきたが、そろそろそれも限界かもしれないと感じることが多い。
そもそも、自分は、自分が歩いた場所しかわからない類の人間で、知らない場所について知ったかぶりをするようなことは一番嫌いなことだ。それに、試行錯誤のなかで自分なりの解答をみつけることは、それ自体が人生の目的、最大の楽しみだとも思う。しかし、その方法に限界があるとしたら・・・
まぁ、メタ的にいえば、「「やったことのない領域を管理すること」をやったことがある領域」にしてしまえばよいのだろうな。


生き方にはいろいろな道がある。

2004年12月27日

gumonji日記

gumonji日記一覧ページを見始めて、はっ!と気づく。

いかん、このページ見始めたら10時間はとまらんぞ。

というわけでしばらく封印♪

2004年09月12日

gumonjiのすばらしき世界

今日も、gumonjiの宣伝。

gumonjiのゾーンマップ(テキパキギリギリ)を作ってくれたユーザーさんがいる。

某国の首相の言葉を借りるなら、


・・・・・感動したっ


と、思わずいいたくなるような、心震える画像である。
ファミコンの「ゼルダの伝説」の全体マップを見たときの感動に似ている。しかし、このマップは、宮本某が作ったわけではない。

gumonjiユーザーひとりひとりの行動の結果がこのマップなのだ。


とくにギリギリは、最初は左上のダム以外は、何もない平坦な砂漠が広がるゾーンだったのだ。境界線のなかにちょうど16個はいる大きさの綺麗にそろった正方形の土地は、私有地である。(一部、私有地の擬態をした共有地もあるw)
ユーザーの活動の結果、潤沢な水を蓄え、養分の高い緑の土地も多くみられるようになっている。
右上の方には、著作権なんかしるか、という感じで、アメリカ鼠やら電気鼠の絵が書いてあったりする。

また、テキパキは、私有地のない共有地のみで構成されたゾーンなのだが、ところどころに四角くかこまれた土地が見える。ここでは今日も、土地のあいまいな所有権をめぐって、争いが行われているのだろうか。


このマップをみて、gumonjiというのは壮大で画期的な実験なのだと思った。
たしかに有料サービスを行っている以上、これを「実験」と言うことはユーザーに対してはばかられる。しかし、現在ユーザーの不満は、バグや不手際が多いこと、情報の公開が遅いもしくは少ないこと、が大半だろう。それはオペレーションの問題で、gumonjiが「実験」であることとは、密接な関係はないと思う。


・・・・う~む。なんか、うまくまとまらないな。

gumonjiの「ユーザーが世界を作り上げる」、というコンセプトは、ネットワークゲームにネットワークゲームならではの新しい属性を与える。

たしかにgumonjiは、いまのところ同時接続数300を越えない、小さなネットワークゲーム※だ。しかし、gumonjiか、gumonjiの流れを引くゲームが大きな潮流となることは間違いない。その流れを見極め、今のgumonjiに足りないものを補っていく。それが今後のgumonjiに必要なものだろう。


※gumonjiは、ほんとうは、「ネットワークゲーム」ではないが、ここでは便宜上こう言う。

2004年09月10日

gumonjiめぐり

最近、ひまを見てはgumonjiの世界を回っている。

■巨大公共財

共有地はいつオークションにかけられるか分からない、セルロミンの消費が激しい(いまは、そうでもないと思うが)、などの理由によって、あまり流行っていないと思われる公共事業だが、いくつか大きい構造物ができつつあるようだ。

場所は覚えていないが、dekobokoやgirigiriに雲を捉えた山や、そこから伸びた広大な水路がある。日記や2chでは、あまり触れられていないので、個人、もしくは2,3人のの地道な作業の結果かもしれない。
自分のなかではgumonjiの肝は、世界をユーザーが創造し物質の循環を理解して楽しむことだと思うので、喜ばしいことだ。山が捕らえた雲は大量の雨をふらし、ふもとに流れた潤沢な水が多様な生物を養う。

■バッタの功罪

gumonji界では、バッタの大量発生が問題となっているが、結果として意外といい方向に向かうのではないかと思っている。
まず、初期3ゾーン(tekipaki,mogumogu,dekoboko)には、もともと植物(主に緑の丸い木)が多く、これが大量の水素を養分として溜め込んでいた。そして、全国にくまなく種が蒔かれたため、植物の分布状況に偏りがないのも面白くなかったと思う。
今回のバッタ大発生により、木の大部分が死滅し、いわばリセットがかかった状態になる。また、木が溜め込んでいた水は、バッタの養分→地面の養分→空気中の二酸化炭素と水というように循環し、やがて大量の雨がふる。これにより、水の偏りもうまれて、より変化に富んだ世界になるだろう。

ただし、自分が真心こめて育てた土地がバッタに食い荒らされた人は本当にかわいそうだ。そして、その悲しみからgumonjiをやめる人もいるだろう。
バッタの強さは、意図された仕様かどうかは分からないが、あまりに破壊的だったのは否めないと思う。

■tekipaki西の不思議

私の計算によると、tekipakiの中央丘陵の西側はどう考えても砂漠になるはずなのだが、実際にはそれなりに水がある。いったいどういう原理が働いているのだろうか。
雲は、発生した場所から一定の高度に生まれ、東に流れつづけ、山にあたればとまる。うーん、意低の高度というのが気圧に比例し、気圧が高すぎる場合は中央丘陵を越えるのか?そもそも中央丘陵の高さが足りないのかもしれない。

2004年07月24日

gumonjiβ2開始!!

gumonjiのβ2がついに開始した。(昨日だが)
2時間遅れの開始となって申し訳ありませんでした>ユーザーの皆様

ドメイン制限が厳しすぎることへの反発がやはり大きい。2chなどをみていると申し訳ない気分になってくる・・・。
しかし、2chの速報はつかえるなぁ。禁止ドメインなんか、公式よりもわかりやすいぞw


ネットゲームにおいて、自由と不自由のバランスは非常に重要だ。グモンジは現時点でのネットワークゲームとしては、ゲーム性的にはけた違いの自由度がある。そのぶん、登録の自由度を下げる必要があったのかもしれない。
まったり系のネトゲーだったら、捨てアドでキャラクターつくっても致命的な迷惑をかけれないわけで、多少登録を甘くしても問題はない。ただ、そういうゲームは登録の自由があるかわり、ゲーム性で自由を失っているわけだ。
または、パッケージを買わないとできないゲームもある。

どちらがいいのか。それは、ひとりひとりのユーザーが判断すること。その結果は、2,3年の遅れて、市場の流れに反映されることだろう。

2004年04月14日

会議について

4/8, 4/9のSEWでの会議について、思ったこと

1.事前に準備をしよう

とくに、(遠い場所など)コストのかかる会議の場合は、準備が整っていないと無駄なことに時間がかかる。
今回は、事前にある程度の認識のすりあわせができていなかったのが、最初につまずいた原因である。


2.引き際はどこにあるのか

つぎはぎだらけのコードを引き継いだため、ほとんどコードに手を入れられない開発チーム。
妥協という言葉をしらない、運営チーム。

異国人ということもあり、自分が技術者ということもあり、運営チームの考えはいまいちよく分からなかった。感情論とセクター意識くらいしかそれこそ思いつかない。
ただし、感情的な部分はそれなりに同情の余地はある。開発チームに、アレも無理、コレも無理と言われつづけたら、おまいらちゃんと仕事してるのか!と思うこともあるだろう。

にしても、一歩も引かないというのでは話が進まない。

本当にいいものを作るには、お互いに一歩も引かないまま、止揚できるアイデアを探すことも必要だろう。しかし、毎回そんなにいいアイデアが生まれるわけでもない。


3.(通訳ではなく)相手を見て話そう

通訳が日本語に精通していなかったこともあり、これは難しい問題だと思うが、やはり相手をみて話さないと伝わらないなにかがあると思う。
実際、カタコトの英語しか僕には話せないが、直接相手と話したことは、実感度が全然違ってくる。

Gさんは、かならず相手をみて話していた。やはり、これが正しいような気がする。


4.プロトコルを作ろう

会議の途中で、返答の際にはかならず、頭にYES/NOをつけて、なるべく簡潔に!という提案がなされた。しかし、これは日本、中国双方とも徹底できていなかったと思う。

以前から、泰生さんの説法でミミタコだった自分にはこれはあたりまえの事だったが、意識的か無意識か知らんが、なかなか実行されないらしい。ちょっと腹がたつレベルだった。
逆に、自分もあれだけ繰り返し言われなかったら、そんな感じだったのかなと思いすこし感謝。

イノベーションのジレンマにも書いてあるが、組織のコアコンピタンス(核となる能力)は、プロセスである。そのプロセスを作るという作業が具体的には、こういうもので洗脳することなのだなと実感できた。


2004年02月08日

中国出兵

仕事で中国にいくことになった。

CEが中国に進出してから、かねがね行きたいとは思っていたのだが、英語も中国語もできない分際でそんなこと言うわけにもいかなかった。しかし、飯を食ってるときになにげなく中国の話題になってそのときに行ってみたいということをいったら、「んじゃいってみるかい?」という話になった。さすが、フットワークの軽い会社だw

そもそも、最近自分の仕事に行き詰まり(というほどのものでもないが)を感じていて、なにかきっかけが欲しかった。中国に行きたいと思っていたのも、そのきっかけになるかもと思っていたからだ。
しかし、外国にいったからといって自分の仕事ぶりが変わる事を期待するのが都合がよいだろう。みんな、何か目的があるから、必然性があるから外国にいくのだ。だからこそそれなりの経験をつかんでくるのだろう。なんの確固たる目的もなく行く自分が、同じような意義のある経験をつめるのか・・・

この間、友達とテレビを見ていると、外国に留学する元OLの話をニュースで流していた。彼女らは、「今の仕事に行き詰まりを感じている。外国に行けば、なにか変われる気がする。」といって外国に半年なり、それ未満の留学に出て行く。
「はぁ?なに甘いこといってんのさ。そんな気分で留学して大して変わるはずないじゃん」と皆くちぐちに言っていたが、自分には彼女らの気持ちがよく分かった。確かに変われないかもしれない、甘い考えかもしれないがそれでもなにかきっかけが欲しいのだ。たとえ、安定した収入を捨ててでも、本当の自分、こうありたい自分、を探していく彼女らを僕は笑うことはできない。自分は、別に職すててないし・・・

ケインズのいうところのアニマルスピリット(起業家精神と結び付けられることが多いが)のようなものが、たとえ大量の失敗者を生み出しても、大きな変化へつながるエネルギーを生み出していくのだろう。

まぁ、「本当の自分」とかいうものを信じられるほどもう若くもないので、現実的な目標を設定して、「現実的な」方々への言い訳としよう。


=中国出向の目標=

期間:半年( 2004/02 ~ 2004/08 )

1.英語or中国語(これは、あっちの使用状況をみて決める)で日常会話を十分できるレベルになる
2.技術、文書作成のスキルを高める。
3.28歳までの自分の目標となるアイデアを見出す。

1は、具体的には、英語で言うところのTOEIC 700点くらい?かな。某友人の得点レベルか・・・もっといけそうだな(笑
2はどうしよう。技術文書作成のガイドラインを自分用に作成する、としよう。評価は適当で。
3はさらに適当だ。中嶋さんのToyBoxのような目標をそろそろ自分ももちたい。というか持たないと自分がこのまま一技術者として埋もれていくという恐怖が大きくある。
具体的なプロダクトでなくてもいい。どのように世界を変えたいのか。そういうビジョンを強く持ちたい。

28歳というのは、やはり沢木耕太郎の深夜特急からだ。アレを読んで以来28という年齢が自分にとって大きな区切りとなった。28の次は・・・40くらいかなぁ

2004年01月22日

破壊的イノベーションとは?

トラックバックの練習もかねて
(そもそもトラックバックがなんなのかよく分かっていないけど・・・)

もち肌ビジネスマン(笑)の日記にある通り3Dは破壊的イノベーションではないかもしれない。しかし、そんなことをいったらおそらくビデオゲームという市場に破壊的イノベーションはないのではないだろうかと思う。ビデオゲームは、従来のゲームの審判やゲームマスターなど人間がおこなってきたゲーム進行の作業をコンピュータに代替させたものである。この時点でゲームというものに破壊的イノベーションはもたらされたが、ビデオゲームというもの自体は(本質的には)さほど変わっていない。

個人的には、3Dというものは十分におおきなイノベーションだったと考えている。ゲームをよくやる人間として、3DRPG(Kings Fieldとか)、3Dアクション(ジャンピングフラッシュ、アーマードコアとか)は、3Dなくしては表現できないゲーム性を実現している。FFとかは、3Dなくしては表現できない映像を実現しているが、これは実写のムービーやアニメーションでも十分代替可能だ。
ただ、これがイノベーションになりえないのは、3Dのゲームがむずかしいことに起因してるのかもしれない。難しくなれば、プレイできる人口は減り、マーケットサイズは減る。コンテンツとして洗練されていっても売れる商品にはならない。
2Dのディスプレイと十字キーで3Dの空間を動こうというのが、そもそもの間違いなのかもしれない。遠近法なんてものも何万年もかけてやっと確立されたもので、もしかしたらゲーム慣れしていない人間にはディスプレイの中の3D空間はあんまり認識していないんじゃなかろうか。

ただし、3Dというものにコストがかかりすぎるというのは同意できる。まぁ、この業界の中の共通認識に近いだろうけど。とくにモーションに関しては自動化技術がすすむことが望まれる。

トラックバックしようとおもったらはねられた・・・
トラックバックする設定に相手がなっていないといけないのか(あたりまえか)
デフォルトでOKにしておいてくれればいいのに(;;