2004年01月28日

レインマン(LeonorevFleischer、訳:山本やよい)

200字あらすじ。文章の練習+備忘のために書いておこう。

26歳の敏腕中古車ディーラー、チャーリー=バビッドは、仕事の失敗を埋めるために、自閉症の兄レイモンド=バビッドが父から相続した300万ドルを奪おうと、兄を精神病院から連れ出す。その旅の中で、幼少のころの架空の友人レインマンが兄だったことを知り、兄との絆を感じ始めるチャーリー。最後には、恨み続けてきた厳父の愛に気付き、財産と関係なく兄とともに生きていくことを望む。兄との絆をもとめるうちに、変わっていたのは弟の方であった。


自閉症の兄の描写が、精神病患者の挙動をうまく表現している。やはり、この作品を描く前にいろいろ勉強しているんだろうな。こういう作品をみると心が躍る。

最後の二人の野球のシーンに感動した。すれちがいの愛情というのは悲しいものだなぁ。自分の人生にもこういうことあるのかな。自分も感情表現は苦手な方なので、好きな人にそれを表現できていないかもしれない。


映画にもなったらしい。ダスティン=ホフマンとトム=クルーズが主演。とくに、レイモンドを演じるダスティ=ホフマンがみてみたいな。今度見よう。

2004年01月22日

破壊的イノベーションとは?

トラックバックの練習もかねて
(そもそもトラックバックがなんなのかよく分かっていないけど・・・)

もち肌ビジネスマン(笑)の日記にある通り3Dは破壊的イノベーションではないかもしれない。しかし、そんなことをいったらおそらくビデオゲームという市場に破壊的イノベーションはないのではないだろうかと思う。ビデオゲームは、従来のゲームの審判やゲームマスターなど人間がおこなってきたゲーム進行の作業をコンピュータに代替させたものである。この時点でゲームというものに破壊的イノベーションはもたらされたが、ビデオゲームというもの自体は(本質的には)さほど変わっていない。

個人的には、3Dというものは十分におおきなイノベーションだったと考えている。ゲームをよくやる人間として、3DRPG(Kings Fieldとか)、3Dアクション(ジャンピングフラッシュ、アーマードコアとか)は、3Dなくしては表現できないゲーム性を実現している。FFとかは、3Dなくしては表現できない映像を実現しているが、これは実写のムービーやアニメーションでも十分代替可能だ。
ただ、これがイノベーションになりえないのは、3Dのゲームがむずかしいことに起因してるのかもしれない。難しくなれば、プレイできる人口は減り、マーケットサイズは減る。コンテンツとして洗練されていっても売れる商品にはならない。
2Dのディスプレイと十字キーで3Dの空間を動こうというのが、そもそもの間違いなのかもしれない。遠近法なんてものも何万年もかけてやっと確立されたもので、もしかしたらゲーム慣れしていない人間にはディスプレイの中の3D空間はあんまり認識していないんじゃなかろうか。

ただし、3Dというものにコストがかかりすぎるというのは同意できる。まぁ、この業界の中の共通認識に近いだろうけど。とくにモーションに関しては自動化技術がすすむことが望まれる。

トラックバックしようとおもったらはねられた・・・
トラックバックする設定に相手がなっていないといけないのか(あたりまえか)
デフォルトでOKにしておいてくれればいいのに(;;

2004年01月20日

精神科の待合室(斎藤茂太)

まだ読み途中なのだが、心理学、精神科の本って言うのは面白い。自己分析というのと深く関わってくるからかな・・・?

著者のプロフィールをみてて気づいたのだが、斎藤茂太(モタだとおもったらシゲタだった)というのは、歌人で医者の斎藤茂吉の息子らしい。
茂吉といえば、文化人ではめずらしく開成の卒業生だ。なんかこういうリンクというのは面白い。ちょっとしたことなんだけどね。

途中に無痛分娩(減痛分娩)の話がちらりとでてくるのだが、欧米では8割ちかく(ラマーズ法のおかげで少し減ってるらしい)、日本でもそこそこいるらしい。お産といえば地獄のような苦しみというイメージがあるが、割と一般的に無痛分娩も行われてるのにすこしびっくり。
この本では、痛みがないと母親としての自覚が薄れると書いてあって、もっともだなぁと思ったが、Webで調べるとそんな考えは古い。無痛分娩のほうが母子の負担が少なく、予後も結構であると書いてあるところもあった。もっともだなぁ。
こういう問題は難しいもんである。

こういう本を読みたがるのは自分が精神病じゃなくて良かった(ホントか?)と安心したいがためじゃなかろうか?人間としてあまりにも低俗だけど、やはりそういう気持ちはあるんだろうな。気をつけよう。

追記:
読み終わった。
途中に、嫁と姑の話がでてくるのだが、そこだけやけに自分の家の事情がなまなましく書いてあって面白かった。
「人間古くなると変化はなかなか望めないのだから、嫁は姑にたいして名優たれ」とある。
古くなると変化しにくいのは、確かだろう。自分はいつまでも変化できる柔軟な人間でありたい。友人関係をみていてもそう感じることが多い。
柔軟であることと、自分を持たないこともまた違うものだろう。難しいが自分を持ちつつ柔軟な人間でありたい。

2004年01月19日

燃えよ剣(司馬遼太郎)

大河ドラマも新撰組をやることだしと、新撰組ものの本を探していて、司馬遼太郎の書いたものがあったので買ってみる。ことしのキーワードは「ミーハー」ということで。

それまで新撰組というものにたいしては、幕末の残忍な剣客集団というイメージしかもっていなかった。るろ剣の斎藤一とかそういうレベルである。この本を読むことで、幕末という時代のなかでの新撰組というものの立場や存在意義がだいぶわかった気がした。

土方歳三を主人公として描かれているのだが、あまりにも他の新撰組のメンバーの記述が薄いかなぁ、という気がした。まぁ、司馬遼太郎の書き方が、一人の人物をとことん描ききることで時代を描こうという書き方だからしょうがないといえばしょうがないが。
下巻に入まえには、もう終盤?みたいな悲壮な感じしか漂ってこないところからもこの新撰組という組織の悲しさが伝わってくる。

この本で、新撰組に対する興味が俄然湧いてきた。もう一冊くらい読んでみるかな。

投稿者 makoto : 00:37 | コメント (8)